カテゴリー「5.龍さんの『ポップコーンキネマ』」の50件の記事

2008-01-30

R-15指定も納得。

 瀬尾デスクが、出遅れたものを取り返すような怒涛の勢いで更新していますね。それとは何の関係もなく、映画の感想を。

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 見に行ったのは『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』です。
 監督、ティム・バートン。出演、ジョニー・デップ、ヘレナ・ボナム=カーター、アラン・リックマン、ティモシー・スポール、サシャ・バロン・コーエン。

 エグイエグイと聞いてはいましたが、ここまでエグイとは思いませんでした。
 剃刀でくっぱりと喉を切り開き、血しぶきが飛び散る。はっきりと肉が切り裂かれていく様子が描いていて、、あそこを誤魔化さなかったので、よかったです。残酷な描写をすればいい、ということではなく。

 物語は、「そんな簡単に!」と突っ込まずにはいられないでしょう。しかし、そういうものはミュージカルにありがちです。おいおいおい、と突っ込んでいる内に進んでいくので、あまり深く考えずに見ているだけでオーケー。ストーリーの説得力がないという批判がありそうですけど、無くていいんです、これ。
 全体が灰色がかっていてダークです。しかし、ミュージカル映画にすることで、単なる血生臭い暗い映画にしていません。

 意外と言ってはなんですが、予想以上にちゃんと歌っていました。メロディはキレイで、歌詞もおもしろい。
 なにより、みんな歌が巧いです。映画ですから、どれだけいじったかはわかりませんが、音程は外さないし、声もぶれずにノビがありました。

 ジョニー・デップも歌が巧かったです。ただ、演技という点についていえば、狂っているのか、確信犯なのか、何を求めているのかわからない(謎めいているという意味ではなく)ので、魅力はさっぱりありませんでした。
 それでも、あのキャラクターはジョニー・デップじゃないと演じられなかったと思いますが。

 物語自体は、ああなるかしかないよな、という哀しいお話です。気持ちが沈む人もいるかもしれません。
 つくづく思うのは、ティム・バートンの映画はカップルで見に行くものじゃないですね。いや、映画好き同士なら行ってもいいんですが、デートムービーじゃないことは確か。なぜかティム・バートン映画はファンタジー=(日本では)子供・女・カップル向け、という方程式がある気がします。間違ってますよー。

 ところで、仇役のアラン・リックマンは、どっかで見た、しかも悪モノで……と見ている間ずっと気になっていました。終わった後、調べて判明。『ダイ・ハード』のテロリスト役でした。20年前も現在も、いい味出してます。

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2007-12-28

今年の三本

 もう年末ですね、こんにちは。なんだかんだと忙しくて、書けませんでした。映画も一本くらいしか見られませんでしたし。その映画も若干、時期が外れてしまったので、今回は今年見た映画のランキングでも。ランキングといっても、順不同でトップ3です。

・『デス・プルーフ in グラインドハウス』
・『街のあかり』
・『パラダイス・ナウ』
 
 『デス・プルーフ』はここには書きませんでしたが、すばらしい作品です。テーマもメッセージもなく、「何もない」というカタルシス。終わった後、呆然とします。タランティーノはやっぱり凄い。ノーカットで、ロドリゲス監督作と同時上映されたUSAバージョンを見に行けなかったのが本当に残念です。

 『街のあかり』も書いてませんね。アキ・カウリスマキの最新作です。見たときはそれほど強い印象を受けませんでしたが、ずっと心に残っています。孤独とやさしさ。大好きな監督です。

 『パラダイス・ナウ』を見返すことはおそらくもうないと思います。あまりにも重くて。しかし心に強く残っています。映画は凄いですね。
 
 そのほかには……。

 邦画では『それでもボクはやってない』がよかったです。周防監督の次回作はまた先になるのでしょうか?

 『明日、君がいない』もなかなかの良作。この作品の監督の次回作が気になります。シリアスで重く痛い作品でした。こういう作品を道徳の時間に流せばいいんじゃないか、と思いますが。
 
 『ダイハード4.0』『ロッキー・ザ・ファイナル』といった続篇映画も結構楽しめました。もっとグダグダになるかと思ったのですが、シリーズものの強さ面白さが出ていました。頭空っぽにして見ても大丈夫! ま、『ランボー4』は行くかどうかわかりませんが。

 こんなところです。
 今年もなかなか良作が多かったのですが、邦画が弱いのが残念(といっても、それほど見ていないので偉そうには言えませんが)。純愛ものはもういいよ……。

 このブログも今回で年内は終わりです。今年一年、読んでいただき有り難うございました。
 来年も、『WiLL』とこのブログ(私の映画感想だけですが)を宜しくお願い致します。
 よいお年を。

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2007-11-26

ずんぐり刑事

 書けなかったのは増刊号があったからです。
 言い訳からコンニチハ、川島です。11月は増刊号に本誌と、正直死ぬかと思いました。12月も講演会に年末進行と怒涛の展開が続きます。ゲフッ。

 気を取り直して……『ロンリーハート』を見に行きました。
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 1940年代に起きた事件の映画化です。
 出演、ジョン・トラボルタ、ジェームズ・ガンドルフィーニ、ジャレッド・レトー、サルマ・ハエック、スコット・カーン、ローラ・ダーン。監督・脚本のトッド・ロビンソンは、トラヴォルタ演ずる刑事の実の孫。こんなこともあるもんですね。

 新聞、雑誌などにある恋人探しの文通コーナー「ロンリーハート・クラブ」を利用し、戦争未亡人や中年の独身女性を狙った結婚詐欺師のレイモンド・フェルナンデスと、相棒であり恋人のマーサ・ベック。彼らは共謀して20人以上を殺害した、というのがストーリー。

 この事件は前にも『ハネムーン・キラーズ』というタイトルで映画化されていて、その作品は犯人の視点で描かれています(未見です)。本作は刑事側の視点。と言いながらも、犯人と刑事の視点はほぼ並行して描かれているから、そうでもないかもしれません。

 二つの視点から事件を描く手法が成功なのかといえば、そうではありません。うまい具合にバランスが取れてしまい、小さくまとまってしまっています。それにより、クライムムービーで必要な、犯人の不気味さや殺伐とした迫力を欠いてしまっています。人間として描くには中途半端、不気味な存在として描くにも中途半端。

 なにより一番問題なのは、各所で言われていることですが、実際のマーサは100キロを超える巨大女だったことです。
 映画ではラテン系フェロモンばりばりの美女。これでは何の面白みもない。この事件の肝であり、最も面白い部分は、
「100キロの女が、コンプレックスを抱きながら、運命の男(と思い込んでいる)レイを信じ、愛し、彼の為に犯罪を犯す」
 ということです。醜い女の事件だからこそ興味深く、映画にした時、カタルシスが生まれる。

 正直、この事件では描くべき事はその一点のみで、刑事の父子関係も、恋愛もどうでもいいのです。そんな余計なものを付け加えるから、本題が掘り下げきれなくなってしまうのです。

 と、苦言ばかり呈してきましたが、つまらなくはなかったですよ。小品、です。

 ところで、この映画はトラボルタ目当てで見に行ったのですが、全然魅力なかったのでガックシでした。何だかずんぐりむっくりしていました。『ヘアスプレー』の母親役の評判がいいだけに期待していたのですが。近く公開される『団塊ボーイズ』ではスッキリしていて欲しいです。

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2007-10-11

スキヤキかマカロニか。

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 『スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ』を見ました。
 監督は三池崇史。出演、伊藤英明、佐藤浩市、伊勢谷友介、桃井かおり、香川照之、石橋貴明、安藤政信、木村佳乃、堺雅人、そしてクエンティン・タランティーノ。豪華絢爛!

 ストーリーは、平家ギャングvs源氏ギャングが、埋もれているというお宝を巡り対立している村に、一人の凄腕ガンマンが流れてくる……というもの。
 なんじゃそら。

 こういったぶっ飛んだ物語や設定は、奇しくも出演しているタランティーノに通ずるものを感じますが、如何せんタランティーノとは才能が違います。それはレベルではなく、才能の「質」が違うのです。

 柳下毅一郎さんが書いていましたが、《三池崇史の才能は徹頭徹尾破壊の才能》なのです。
 ですから、例えば時代や国をわけのわからんSFな設定にしてみたり、日本人ばかりなのに英語を喋らせたり、そういった破壊力のある設定は面白い。日本人の英語、というのは相当違和感ありましたが。
 特に銃撃戦では破壊の才能が爆発して、見事なものでした。最終決戦は雪降りしきる中。銃と刀の戦いは、一瞬にして永遠。

 しかし、それら舞台の上で展開されるはずの「物語」が全く構築されていないのです。タランティーノは「構築」(又は「編集」)の才能が抜群で、ドンドン予想を超えたものが画面上で構築されていきます。しかし三池崇史は、破壊のみで構築がない。
 だから何もかもがあり過ぎているのに、何もかもが足りない、と感じてしまいます。素材ばかりが積まれていくのを見ているわけです。歯がゆい気分になりました。

 豪華な役者陣も、豪華なだけにうまく回っていないように見えました。これだけ揃っているのは、見ていて眼福ではありますが、脇役をがっちり渋めに固めて、主役級を大暴れさせる方がいいのでは。どうしても豪華だと、“飽き”が来ます。
 そんな中、際立って光っていたのは、桃井かおり、タランティーノ、香川照之の三名。特に桃井かおりは、彼女が普段発する「私は大物なのよオーラ」がいい方向に働き、生き生きと演じていました。記者会見で「これで『SAYURI』に勝った!」と言ったのもうなずけます。

 マカロニ・ウェスタンに対抗してのスキヤキ・ウェスタン。面白い試みではあるので、三池崇史に続いて、他の誰かが作った作品を見てみたいです。そうやって、一流作品からB級まで様々な作品が揃えば、なかなか面白いジャンルになるんじゃないでしょうか。

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2007-09-25

お笑い映像テロリスト

 お、お久し振りです!
 光陰矢のごとし、いつの間にやら二ヶ月くらい経っておりました。こんなブログでも、読んでいただいている人がいて、「早く更新しろ」とお叱りを受けておりました。すみません。
 では早速。
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 少し前になってしまいますがマイケル・ムーア監督作品『シッコ』を見ました。
 突撃突貫、ゲリラ監督の次のターゲットはアメリカの医療保障。命という重いテーマを、笑いを取り入れながら描いて行く手腕は相変わらず素晴らしいです。編集もいい。ムーアに関して、(特に日本の)メディアはいつも突撃過激取材だけを取り上げるけど、映画としても面白くしているという事を忘れているとい思います。

「薬指をくっつけるのに12000ドル、中指なら60000ドルです」
「……じゃあ薬指だけ」
 だから大工の中指はない。

 救急車を呼ぶのに、事前の申請が必要。一体、いつ申請すればいいのか? 倒れる直前に?

 アメリカの医療保険制度は完全に異常です。一方、イギリスやフランスに行き、その充実っぷりを目の当たりにして、ムーアは「もうやめてくれ!」と頭を抱え込む。アメリカ人にとって理解できないほど恵まれているから。その姿が滑稽で笑えます。多分、わざと演技していると思いますが。

 笑いを入れながら、アメリカの病魔を抉り出しています。

 とはいえ、『華氏911』でも批判されたように、決してフェアな描き方ではありません。偏向、というより、あえて隠している部分が随分とあります。
 例えば、アメリカは医療保険制度は最悪だけど、医療技術や製薬技術は世界一です。フランスやイギリスでは医療における国民負担はゼロ、国から派遣される乳母もいたりしますが、その分、税(消費税とか)が高い。
 そういった情報は完全に無視している。これ以外にも多々ありそうです。

 マユツバで見るべき映画ではあるけど、事実無根の駄目映画なんかではありません。むしろ見るべき映画でしょう。ムーア自身も、フェアだと思ってはおらず、問題提起として描いています。こんな映画を見せ付けられたら、日本は大丈夫なのかと調べる人は多い。それが狙いのはずなのです。

 そもそも、ドキュメンタリーに中立という視点は可能なのでしょうか。現在の日本のマスメディアの報道ですら中立なんかではありません。
 一番重要なのは、我々観客(国民)の見方や視点です。必ずしも全てを映し出しているわけではない、自分達で考えろ、という基本的にしてもっとも重要なポイントだ。日本に限らず、今の人間はそこを欠いている気がしませんか?

 ムーアは映画内で彼を批判するサイトの主に対してある行動を起こします。ムーア自身が、自分は公平ではない、中立って難しい、だからこそいろいろな視点が必要なんだと考えているからこそ行動ように見えました。(ま、この行動を映画にしているんだから、ちょっとは打算的に考えている部分もあると思いますがね)

 クライマックスは9・11の救命作業で健康を犠牲にした人々を連れて、キューバのグアンタモナ海軍基地に突撃するシーン。「電波少年」的ですが、そこからキューバに流れていくところは、オリバー・ストーンがカストロに突撃インタビューをした『コマンダンテ』を見た者にとっては、かなりぞくぞくします。是非、早稲田松竹など名画座で二本立てで上映していただきたい。
 勿論、このキューバの部分も眉唾で見なければいけません。はっきり書けば、マイケル・ムーアはジャーナリスト失格でしょう。

 ところで、マイケル・ムーアについての雑誌や新聞の記事で、「日本のこれを撮って欲しい」という企画が載っている時があります。誰だったか、日本の原爆について撮ってもらいたくて手紙を書いたという人もいた。

 馬鹿か、と思いました。

 雑誌企画に目くじら立てるのもどうかと思いますが、自分達の国の事は自分達でやるべきでしょう。
 人に頼ってどうする。そんな考えだから、いま話題に上がる天皇や特攻隊や原爆の映画は、ほとんど外国人が撮ったものばっかなんだよ。情けなくないのか。

 そうです、目くじら立てるべきは雑誌企画じゃなくて、日本の映画監督達に対してです。いい加減、ホラーと純愛じゃねぇだろ。目を覚ませ。

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2007-07-25

死なない刑事リターン

 一ヵ月空いてしまいましたが、全ては増刊号があったからです。本当に「緊急」増刊号でした。それが終ったら、すぐに9月号の作業だったので映画を見るヒマがありませんでした。
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 久し振りに見に行った映画は『ダイハード4.0』です。
 監督はレン・ワイズマン。出演、ブルース・ウィリス、ティモシー・オリファント、ジェフリー・ライト、マギー・Q、ジャスティン・ロング、メアリー・エリザベス・ウィンステッド、ケヴィン・スミス。

 “あの”ジョン・マクレーンが12年ぶりに帰還! 今回の相手はサイバーテロ。当然、成り行きで事件に巻き込まれるわけですが、何故巻き込まれるのかと言うと……説明したってしょうがないですね。とにかく巻き込まれちゃったんですから。突っ込めばどれだけだって突っ込める設定や展開。しかし、何も考えずに見て楽しめばいいんですよ、この映画は。

「ネットワーク? web2.0? LAN? サーバー? うるせー! わけわからんこと言ってんじゃねぇ、このデジタル野郎!!」

 そう言って気に喰わない奴らをぶん殴っていくマクレーン。拳で、脚で、銃で、車で。敵と思しき存在は手当たり次第ぶち殺していく。国家のため、娘のため、己のため。その様は(いくらなんでも殺しすぎと思いつつも)大変気持ちよく、笑ってしまうほど爽快です。

 ブルース・ウィリスがスクリーンに出てきた時は、さすがに老けたなぁと思いました。特に先日テレビで放映された『1』と比べると、頭髪が……。しかし、事件に巻き込まれていくにつれ、どんどん覚醒して、若返っていったのが堪りません。
 アクションは新しいものを見せながら、やっぱりブルース・ウィリスが身体をはって、血まみれ汗まみれ埃まみれで転がりまわる姿は「ダイハード」シリーズだと再確認できます。

 といっても、正直これが「ダイハード」なのかどうかは微妙です。いつもの面々も、いつもの要素もありません。……ま、『3』でもその傾向はありましたし、それは別にいいような気がします。。

 頭カラッポで楽しめるアクション大作です。笑いましたし手に汗握りました。大満足。

 いつもの通り、マクレーンがぼやきます。

「何で俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ」
「俺は“英雄”なんかじゃない。他にやる奴がいないからやっているだけだ」
 傍にいたマットが言います。
「それって“英雄”ってことだよね」
 ふてくされて前を見るマクレーン。心なしか、口元には笑みが。

 このシーンは、ちょっとグッときました。

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2007-06-28

全てが未解決

 今月号、発売中です!

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 さて、今回見たのは『ゾディアック』です。監督はデビッド・フィンチャー、出演、ジェイク・ギレンホール、ロバート・ダウニーJr、マーク・ラファロ、アンソニー・エドワーズ。サンフランシスコで、1960年代後半に実際に起きた連続殺人事件を題材にしたデビット・フィンチャー5年振りの新作は、どこまでも誠実に、丹念に描かれた作品でした。

 ドライブ中に、一組のカップルが襲撃される。その後、新聞社に事件の犯人しか知りえない証拠が書かれた手紙と、謎の暗号文が届く。その暗号文を掲載しないと更に殺人を犯すと。そして、犯人は自らを「ゾディアック」と名乗った。新聞社に勤めていた敏腕記者ポール、風刺漫画家グレイスミスが、この事件に興味を示す。
 そんな中、タクシー強盗殺人事件が起きた。捜査を担当したのはトースキーとアームストロング。二人も、この事件をキッカケに、「ゾディアック」に関わっていく。

 現代から見てみれば、お粗末といっていい捜査に見えますが、プロファイリングもなかった当時からしてみれば、あれが限界だったのでしょう。だからこそ、方向がずれていってしまった。
 膨大な証言と証拠、もう少しで捕まえられそうなのに、直前でするりと抜けていく犯人と真実。ずるずると、関係者達は引きずられて行きます。

 キャストは通好みと言ってよく、中でもロバート・ダウニーJrがいいです。不穏な危うさを持った敏腕記者を好演。ジェイク・ギレンホールとの、のめり込んでいく二人の対比が面白かったです。一人は転落、一人は……。

 大どんでん返しも、大胆な演出もありません。真摯に、丹念に、誠実に「人間」を描いています。とはいえ、所々で「フィンチャー節」も炸裂しているのがたまりません。ぐぐぐっと惹きつけられる。あの不穏な空気を体現し続けたのは、フィンチャーの手腕でしょう。
 ちょっと上映時間が長すぎましたが……。

 映画の観客だけでなく当時の大衆は、この事件に対して、ずっと「何か」を期待していました。「何か」あるに違いない。あっと驚く真実があるはずだ。「犯人を捕まえる」以上に、「事件」そのものに熱狂していく。
 しかし事件は未解決のまま、肩透かしに終わり、大衆は冷めていきます。映画の観客もある時、気付きます。「この犯人は、自分の人生をかけてまで、探し続けるような犯人なのか?」と。
 殺人鬼をカリスマにするのは、メディアであり大衆なのです。犯人は、ただのクソ野郎です。

 冷めた瞬間、事件を捜査する関係者達が我々の眼にどう映るか。

 関係者たちは、納得できません。ずっと、きっと「何か」が手に届くだろうと信じ、走り続ける。
 この映画は、連続殺人事件に翻弄され、ついには犯人ではなく、その先にあるであろう「何か」を追い求めてしまった男達の物語です。

 事件への執念、自らの生活、引き返したいという思い、引き返せないという思い……気付いた時、「ゾディアック」は犯人の名前ではなく、事件そのものになっており、残虐非道な犯人を捕まえる為ではなく、長く思い続けていた恋人のような存在になっています。その姿は、切なさすら感じました。
 事件は未だに未解決です。何一つ、暗号文の意味も、殺人の動機も、犯人像も、何もかも藪の中。関わった男達も藪の中へ消えていきました。

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2007-06-04

アトラクションムービー

 おおお、お久し振りです! 映画は見ていて、しかも感想の下書きは書いていたのにアップするのを忘れておりました。くくう! すんません……もう時期外れなので、見たばかりの映画を。
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 『パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールズ・エンド』です!
 監督はゴア・ヴァービンスキー。華監督よりも製作の名前の方が映画の宣伝になるのはこの人だけ、ジェリー・ブラッカイマー。
 出演はジョニー・デップ、オーランド・ブルーム、キーラ・ナイトレイ、ジェフリー・ラッシュ、ジョナサン・プライス、ビル・ナイ、チョウ・ユンファ、そして噂の“あの人”も。

 上映時間が3時間くらいあって、少々長過ぎでした。もっと、グッと濃縮させた方がいい、というのを最初に書いておいて……。

 七つの海を渡り歩く、自由に駆け巡ってきた海賊達。敵対するものだけでなく、掟や契約、呪いと闘ってきた。海で生き、海で死ぬ者達の物語。三部作の完結編は、壮絶・壮大な死闘となりました。

 『呪われた海賊たち』は一話完結でしたが、2作目の『デットマンズ・チェスト』が「起承」で、今作が「転結」。ちょっと設定や細部を忘れてしまっており、しかも伏線を矢継ぎ早に回収し、テンポよく進んでいくので、うっかりと気を抜けませんでした。あとで三部作を一気に見るのもいいかと思います。どこかの映画館でやりそうな企画ですね。

 今作はとにかく「結」に辿り着かなければいけないので、少々細部が雑でした。いや、雑というのは悪く言い過ぎかもしれません。細部が魅力的なので、あれで終わらせては勿体無いと思ったのです。
 例えば、宿敵デイヴィ・ジョーンズの過去と愛した女の話、シンガポールの海賊サオ・フェンの話。サオ・フェンなんて、特に丁寧に描けばもっと立ったキャラになったはずです。せっかくチョウ・ユンファを起用したわけだし。勿体無い存在でした。

 何より、ジャック・スパロウのシニカルな部分がたいぶ消えていました。これは『デットマンズ・チェスト』の時も思いました。その影響で、彼の「何をしてかすかわからない、でも絶対に勝つであろう」という根拠のない「万能感」が薄い。それでも、かなりぶっ飛んでいたし、ステキ過ぎたわけですけど。

 と、文句ばかり書いておりますが、退屈しない、まさに“アトラクション”みたいな映画でした。

 様々な駆け引き、そこから生じる人間ドラマ。華麗な人物相関図を組み込みながら出来上がっていく海賊vs東インド貿易会社という図式。そんな複雑な関係でありながら、子供でも楽しめるド派手な戦闘シーン。

 なにより最後の闘い直前のシーンは圧倒的です。そこから始まる怒涛のアクション。荒れた海を舞台に、二艘の船が展開しあい、大砲を打ち合い、剣での斬り合いへ。そんな中でもユーモア溢れるやり取り。何より、エリザベス・スワンとウィル・ターナーの結婚の儀を取り計らうのが、“アイツ”だというのが粋です。

 ジョニー・デップは相変わらずステキですが、今回はバルボッサ演じるジェフリー・ラッシュの好き放題なはしゃぎっぷりがよかったです。とても『シャイン』のデイヴィッド・ヘルフゴットを演じた人と同人物だとは思えません。この二人のやり取りが最高。

 これで完結なわけですが、実際に完結したのは実はエリザベスとウィルの物語だけで、ジャック・スパロウの(バルボッサ以下、海賊の)物語は全く終わっていない。再び銀幕上に現われても不思議ではないし、どこかそれを期待しています。
 しかし、(クソ長い)エンドロールの後に、ちょっとした後日談があります。あれを見たら、これで終わりでいいんじゃないかな、とも思いました。

 なかなか楽しい“アトラクション”でした。

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2007-05-07

言葉がなければ伝わらないのか

 連休はいかがお過ごしでしたでしょうか。大型連休を「ゴールデンウィーク」と表現したのは映画業界が最初です。大型を黄金なんて表現するのも、何だかおかしい気分です。私は古本市と映画でまったりと過ごしました。

 さて、まず見た映画は『バベル』です。
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 監督はアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ。ああ、長い名前。出演はブラッド・ピット、ケイト・ブランシェット、ガエル・ガルシア・ベルナル、役所広司、そして話題の菊地凛子。こうやって並べると、なかなかのメンツですね。

 「バベル」といえば当然「バベルの塔」のことです。天にまで届く高い塔を作ろうとした人間達を、神は違う言葉を話させるようにし、結果人間達は混乱し世界各地に散らばっていった聖書のお話。
 つまりこのタイトルから、この映画は「(言語を中心とした)コミュニケーションの断絶」がテーマであることが予想されます。日本の高層ビルは、現代のバベルの塔とでも言いたげでした。だったらアメリカの高層ビルの方がバベルの塔っぽい気がしますが……。

「(言語を中心とした)コミュニケーションの断絶」は四つの物語で表現されています。
 一つは言葉の通じない異国でアクシデントに見舞われた一組の夫婦の物語。二つ目は言葉は同じでも人種(文化)が違う人々の物語。三つ目は同じ言葉、同じ人種の家族の物語。最後に言葉どころか音も通じない聾唖の少女の物語。
 この四つの物語が入り乱れながら進行していき、唐突ともいえる編集方法で、我々の心に飛び込んできます。

 「(言語を中心とした)コミュニケーションの断絶」以外にもテーマはあります。それは、バベルの塔を作り神に近づこうとした「何もかもを支配(操作)できると思い込んでいる人間の傲慢さへのアンチテーゼ」です。
 さらに言うと「キリスト教徒であり聖書を読んでいる(だろう)国民=アメリカ人はこの『バベルの塔』の話なんか忘れてしまっているんじゃないの?」という痛烈な皮肉なのです。英語こそが国際語であり、自身の文化こそが最高で、他の異なった文化は認めず駆逐する。アメリカがイラク戦争を筆頭に行なってきた行為そのものへの皮肉。

 アメリカ人に虐げられているメキシコ人だからこそ描ける作品でしょう。
 そのためか、日本を舞台にした物語はひどく違和感がありました。他の三つの物語との繋がりも無理矢理っぽい。菊池凛子演ずる少女がストレートに言語を失った聾唖だったのは、おそらくそうするしかなかったからではないでしょうか。
(やたらと日本のメディアが騒いだ菊池凛子の演技は、熱演ではありますが、絶賛され過ぎじゃないでしょうか)

 気合の入った映画です。テーマも興味深いし、役者陣も熱演していました。しかし、私は見ている最中も見終わった後も苛立っていました。
 何故か。
 この映画の表現が、「言葉なき説明過剰」であり、それでいながら表現しきれていなかったからです。

 イニャリトゥは言葉を使わず「身体的」に表現しようとしていましたが、その「身体感覚」は「頭で考えている身体感覚」なのです。この映画と似た“匂い”がするのはトミー・リー・ジョーンズ監督・主演『メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬』ですが、こちらの方が「肉体の身体感覚」である。

 この違いはどこから出てくるのか? 

 トミー・リー・ジョーンズの身体感覚は、自身の経験からです。ハーバード大学出身、成績優秀でありながらフットボールのスター選手。その一方で演劇活動も行なう。俳優としてブレイクしながら、牧場を経営し、画面内でなくても彼はカウボーイであり、一貫して「肉体」を使ってきました。

 一方、イニャリトゥはラジオDJ、テレビ番組のプロデューサーから映画監督になった。つまり、彼は一貫して「頭」を使ってきたのです。

 どちらが正しい・間違っているというわけではありません。ただ「身体的」に表現しようとした時(しかもリアリズムに徹して描こうとした時)、その“差”がはっきりと現われるのです。

 私が『バベル』に苛立ったのは、「頭で考えた身体感覚」が居心地悪かったからかもしれません。

 最後に、日本のクラブのシーンで照明がチカチカして、気分悪くなる観客がいたそうですが、あれはなりますね。私は事前に聞いていたのでそのシーンでは眼を背けてしまいました。あれはピカチューだって痙攣しますね。

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2007-04-24

喰え、殺せ、血を啜れ!

 どうも、お久し振りです。一ヵ月更新がなかったわけですが、これは書かなかったのではありません。映画を見ていなかったのです! 忙しかったんです! だから私は悪くない!! そもそも何故、私だけ書いているんだー!?
 ……書くだけ書いたら落ち着きました。先日、初めてこのブログを楽しみしているという人に実際に会い、一人でも読者がいるのなら書こうじゃないか、という気持ちになっている川島です。

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 今回見に行ったのは『ハンニバル・ライジング』です。公開されたのが21日なので混んでいるかと思いましたが、月曜最終回だからか、ガラガラでした。

 監督はピーター・ウェーバー、出演はギャスパー・ウリエル、コン・リー、リス・エヴァンズ。リス・エヴァンスって名前は全然覚えないのですが、しょっちゅう見かけますね。原作・脚本は勿論、トマス・ハリス。

 ここ数年、ハリウッドで流行っている前日譚です。既に人気あるんだから、ある程度の集客は見込めるので作ろうぜ的なノリで作るんでしょうね、こういうの。
 そして、今回選ばれたのが、映画史上“完全無欠”“問答無用”のモンスター、ハンニバル・レクターです。えー、彼を知らない人がいましたら検索してください。ウィキペディアとかで詳しく書かれています。

 いきなり書きますと、メリハリもないしスッカスカです。何の味も旨みもありゃしない。

 レクターのトラウマとなるエピソードは、まぁ悲惨さが出ていましたが、それだけです。原作を読んでいませんが、おそらく筋をなぞっただけじゃないでしょうか。

 一番引っかかるのは「日本」要素です。何で突然、生花や剣道が出てくるんだよ! 何でご先祖様を祀るのに仏壇じゃなくて甲冑なんだよ! 『羊たちの沈黙』でつけていたマスクの原型が甲冑にある、みたいに描くけど、あのマスクは自分でつけたくてつけたんじゃないだろ!
 それにレディ・ムラサキじゃまー!!

 興奮してしまいました。

 若いレクターだからというのを差し引いても、正直、魅力がありません。
 あの、強固ガラスの向こうにいても危険だと実感し、近くにいるだけで精神を蝕まれそうな、髪を油でオールバックにしている、いかれたジジイの若い時代の話。つまり、観客が期待しているのは彼がまだピッチピチで、自由に動けて、どんどん周りを破滅に陥れていく姿なのです。

 今回描かれた若きレクターは、復讐だけを考え、狂気へとひた走っていきます。復讐の相手は一般市民ではなく、愛しい妹を食った戦争犯罪人だから、見ている側も“安心”して見ていられます。殺人を“安心”して見るというのもおかしな気分です。

 しかし、それと並行してヤング・レクターは悪夢に襲われ、苦悩しています。私が持っている「ハンニバル・レクター像」があくまで“完全無欠”のモンスターだからかもしれませんが、苦悩するのも、それを解決するのも、もっともっとぶっ飛んだレベルでいて欲しい。ヤング・レクターはモンスターなんかじゃなくて、人間・レクターでした。
 どうしても、この映画から“あの”レクターに結びつける事ができません。あくまでこの映画は、根底にあった狂気を覚醒させるキッカケとなる、若い日の1エピソードという事なのでしょうけど。うーむ。

 ギャスパー・ウリエルは頑張ってサイコを演じていましたけど、どうしてもアンソニー・ホプキンスありきの演技なので取ってつけた感がありました。まぁあれだけの“名演”が先に存在してしまっているので、仕方ないのですが。あと、ニヤッと笑う場面が思いっきりしゃくれになっていて、サイコの場面なのに笑ってしまいました。

 うーん、私の愛しているハンニバル・レクターの原点はこれなのでしょうか。少々、いえ、だいぶガックシです。原作も読んでみようかなぁ……。

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