カテゴリー「5.龍さんの『ポップコーンキネマ』」の50件の記事

2008-01-30

R-15指定も納得。

 瀬尾デスクが、出遅れたものを取り返すような怒涛の勢いで更新していますね。それとは何の関係もなく、映画の感想を。

20080122222901

 見に行ったのは『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』です。
 監督、ティム・バートン。出演、ジョニー・デップ、ヘレナ・ボナム=カーター、アラン・リックマン、ティモシー・スポール、サシャ・バロン・コーエン。

 エグイエグイと聞いてはいましたが、ここまでエグイとは思いませんでした。
 剃刀でくっぱりと喉を切り開き、血しぶきが飛び散る。はっきりと肉が切り裂かれていく様子が描いていて、、あそこを誤魔化さなかったので、よかったです。残酷な描写をすればいい、ということではなく。

 物語は、「そんな簡単に!」と突っ込まずにはいられないでしょう。しかし、そういうものはミュージカルにありがちです。おいおいおい、と突っ込んでいる内に進んでいくので、あまり深く考えずに見ているだけでオーケー。ストーリーの説得力がないという批判がありそうですけど、無くていいんです、これ。
 全体が灰色がかっていてダークです。しかし、ミュージカル映画にすることで、単なる血生臭い暗い映画にしていません。

 意外と言ってはなんですが、予想以上にちゃんと歌っていました。メロディはキレイで、歌詞もおもしろい。
 なにより、みんな歌が巧いです。映画ですから、どれだけいじったかはわかりませんが、音程は外さないし、声もぶれずにノビがありました。

 ジョニー・デップも歌が巧かったです。ただ、演技という点についていえば、狂っているのか、確信犯なのか、何を求めているのかわからない(謎めいているという意味ではなく)ので、魅力はさっぱりありませんでした。
 それでも、あのキャラクターはジョニー・デップじゃないと演じられなかったと思いますが。

 物語自体は、ああなるかしかないよな、という哀しいお話です。気持ちが沈む人もいるかもしれません。
 つくづく思うのは、ティム・バートンの映画はカップルで見に行くものじゃないですね。いや、映画好き同士なら行ってもいいんですが、デートムービーじゃないことは確か。なぜかティム・バートン映画はファンタジー=(日本では)子供・女・カップル向け、という方程式がある気がします。間違ってますよー。

 ところで、仇役のアラン・リックマンは、どっかで見た、しかも悪モノで……と見ている間ずっと気になっていました。終わった後、調べて判明。『ダイ・ハード』のテロリスト役でした。20年前も現在も、いい味出してます。

| | コメント (1) | トラックバック (4)

2007-12-28

今年の三本

 もう年末ですね、こんにちは。なんだかんだと忙しくて、書けませんでした。映画も一本くらいしか見られませんでしたし。その映画も若干、時期が外れてしまったので、今回は今年見た映画のランキングでも。ランキングといっても、順不同でトップ3です。

・『デス・プルーフ in グラインドハウス』
・『街のあかり』
・『パラダイス・ナウ』
 
 『デス・プルーフ』はここには書きませんでしたが、すばらしい作品です。テーマもメッセージもなく、「何もない」というカタルシス。終わった後、呆然とします。タランティーノはやっぱり凄い。ノーカットで、ロドリゲス監督作と同時上映されたUSAバージョンを見に行けなかったのが本当に残念です。

 『街のあかり』も書いてませんね。アキ・カウリスマキの最新作です。見たときはそれほど強い印象を受けませんでしたが、ずっと心に残っています。孤独とやさしさ。大好きな監督です。

 『パラダイス・ナウ』を見返すことはおそらくもうないと思います。あまりにも重くて。しかし心に強く残っています。映画は凄いですね。
 
 そのほかには……。

 邦画では『それでもボクはやってない』がよかったです。周防監督の次回作はまた先になるのでしょうか?

 『明日、君がいない』もなかなかの良作。この作品の監督の次回作が気になります。シリアスで重く痛い作品でした。こういう作品を道徳の時間に流せばいいんじゃないか、と思いますが。
 
 『ダイハード4.0』『ロッキー・ザ・ファイナル』といった続篇映画も結構楽しめました。もっとグダグダになるかと思ったのですが、シリーズものの強さ面白さが出ていました。頭空っぽにして見ても大丈夫! ま、『ランボー4』は行くかどうかわかりませんが。

 こんなところです。
 今年もなかなか良作が多かったのですが、邦画が弱いのが残念(といっても、それほど見ていないので偉そうには言えませんが)。純愛ものはもういいよ……。

 このブログも今回で年内は終わりです。今年一年、読んでいただき有り難うございました。
 来年も、『WiLL』とこのブログ(私の映画感想だけですが)を宜しくお願い致します。
 よいお年を。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007-11-26

ずんぐり刑事

 書けなかったのは増刊号があったからです。
 言い訳からコンニチハ、川島です。11月は増刊号に本誌と、正直死ぬかと思いました。12月も講演会に年末進行と怒涛の展開が続きます。ゲフッ。

 気を取り直して……『ロンリーハート』を見に行きました。
20071123184518
 1940年代に起きた事件の映画化です。
 出演、ジョン・トラボルタ、ジェームズ・ガンドルフィーニ、ジャレッド・レトー、サルマ・ハエック、スコット・カーン、ローラ・ダーン。監督・脚本のトッド・ロビンソンは、トラヴォルタ演ずる刑事の実の孫。こんなこともあるもんですね。

 新聞、雑誌などにある恋人探しの文通コーナー「ロンリーハート・クラブ」を利用し、戦争未亡人や中年の独身女性を狙った結婚詐欺師のレイモンド・フェルナンデスと、相棒であり恋人のマーサ・ベック。彼らは共謀して20人以上を殺害した、というのがストーリー。

 この事件は前にも『ハネムーン・キラーズ』というタイトルで映画化されていて、その作品は犯人の視点で描かれています(未見です)。本作は刑事側の視点。と言いながらも、犯人と刑事の視点はほぼ並行して描かれているから、そうでもないかもしれません。

 二つの視点から事件を描く手法が成功なのかといえば、そうではありません。うまい具合にバランスが取れてしまい、小さくまとまってしまっています。それにより、クライムムービーで必要な、犯人の不気味さや殺伐とした迫力を欠いてしまっています。人間として描くには中途半端、不気味な存在として描くにも中途半端。

 なにより一番問題なのは、各所で言われていることですが、実際のマーサは100キロを超える巨大女だったことです。
 映画ではラテン系フェロモンばりばりの美女。これでは何の面白みもない。この事件の肝であり、最も面白い部分は、
「100キロの女が、コンプレックスを抱きながら、運命の男(と思い込んでいる)レイを信じ、愛し、彼の為に犯罪を犯す」
 ということです。醜い女の事件だからこそ興味深く、映画にした時、カタルシスが生まれる。

 正直、この事件では描くべき事はその一点のみで、刑事の父子関係も、恋愛もどうでもいいのです。そんな余計なものを付け加えるから、本題が掘り下げきれなくなってしまうのです。

 と、苦言ばかり呈してきましたが、つまらなくはなかったですよ。小品、です。

 ところで、この映画はトラボルタ目当てで見に行ったのですが、全然魅力なかったのでガックシでした。何だかずんぐりむっくりしていました。『ヘアスプレー』の母親役の評判がいいだけに期待していたのですが。近く公開される『団塊ボーイズ』ではスッキリしていて欲しいです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007-10-11

スキヤキかマカロニか。

20071008233756
 『スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ』を見ました。
 監督は三池崇史。出演、伊藤英明、佐藤浩市、伊勢谷友介、桃井かおり、香川照之、石橋貴明、安藤政信、木村佳乃、堺雅人、そしてクエンティン・タランティーノ。豪華絢爛!

 ストーリーは、平家ギャングvs源氏ギャングが、埋もれているというお宝を巡り対立している村に、一人の凄腕ガンマンが流れてくる……というもの。
 なんじゃそら。

 こういったぶっ飛んだ物語や設定は、奇しくも出演しているタランティーノに通ずるものを感じますが、如何せんタランティーノとは才能が違います。それはレベルではなく、才能の「質」が違うのです。

 柳下毅一郎さんが書いていましたが、《三池崇史の才能は徹頭徹尾破壊の才能》なのです。
 ですから、例えば時代や国をわけのわからんSFな設定にしてみたり、日本人ばかりなのに英語を喋らせたり、そういった破壊力のある設定は面白い。日本人の英語、というのは相当違和感ありましたが。
 特に銃撃戦では破壊の才能が爆発して、見事なものでした。最終決戦は雪降りしきる中。銃と刀の戦いは、一瞬にして永遠。

 しかし、それら舞台の上で展開されるはずの「物語」が全く構築されていないのです。タランティーノは「構築」(又は「編集」)の才能が抜群で、ドンドン予想を超えたものが画面上で構築されていきます。しかし三池崇史は、破壊のみで構築がない。
 だから何もかもがあり過ぎているのに、何もかもが足りない、と感じてしまいます。素材ばかりが積まれていくのを見ているわけです。歯がゆい気分になりました。

 豪華な役者陣も、豪華なだけにうまく回っていないように見えました。これだけ揃っているのは、見ていて眼福ではありますが、脇役をがっちり渋めに固めて、主役級を大暴れさせる方がいいのでは。どうしても豪華だと、“飽き”が来ます。
 そんな中、際立って光っていたのは、桃井かおり、タランティーノ、香川照之の三名。特に桃井かおりは、彼女が普段発する「私は大物なのよオーラ」がいい方向に働き、生き生きと演じていました。記者会見で「これで『SAYURI』に勝った!」と言ったのもうなずけます。

 マカロニ・ウェスタンに対抗してのスキヤキ・ウェスタン。面白い試みではあるので、三池崇史に続いて、他の誰かが作った作品を見てみたいです。そうやって、一流作品からB級まで様々な作品が揃えば、なかなか面白いジャンルになるんじゃないでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (3)

2007-09-25

お笑い映像テロリスト

 お、お久し振りです!
 光陰矢のごとし、いつの間にやら二ヶ月くらい経っておりました。こんなブログでも、読んでいただいている人がいて、「早く更新しろ」とお叱りを受けておりました。すみません。
 では早速。
20070905110916
 少し前になってしまいますがマイケル・ムーア監督作品『シッコ』を見ました。
 突撃突貫、ゲリラ監督の次のターゲットはアメリカの医療保障。命という重いテーマを、笑いを取り入れながら描いて行く手腕は相変わらず素晴らしいです。編集もいい。ムーアに関して、(特に日本の)メディアはいつも突撃過激取材だけを取り上げるけど、映画としても面白くしているという事を忘れているとい思います。

「薬指をくっつけるのに12000ドル、中指なら60000ドルです」
「……じゃあ薬指だけ」
 だから大工の中指はない。

 救急車を呼ぶのに、事前の申請が必要。一体、いつ申請すればいいのか? 倒れる直前に?

 アメリカの医療保険制度は完全に異常です。一方、イギリスやフランスに行き、その充実っぷりを目の当たりにして、ムーアは「もうやめてくれ!」と頭を抱え込む。アメリカ人にとって理解できないほど恵まれているから。その姿が滑稽で笑えます。多分、わざと演技していると思いますが。

 笑いを入れながら、アメリカの病魔を抉り出しています。

 とはいえ、『華氏911』でも批判されたように、決してフェアな描き方ではありません。偏向、というより、あえて隠している部分が随分とあります。
 例えば、アメリカは医療保険制度は最悪だけど、医療技術や製薬技術は世界一です。フランスやイギリスでは医療における国民負担はゼロ、国から派遣される乳母もいたりしますが、その分、税(消費税とか)が高い。
 そういった情報は完全に無視している。これ以外にも多々ありそうです。

 マユツバで見るべき映画ではあるけど、事実無根の駄目映画なんかではありません。むしろ見るべき映画でしょう。ムーア自身も、フェアだと思ってはおらず、問題提起として描いています。こんな映画を見せ付けられたら、日本は大丈夫なのかと調べる人は多い。それが狙いのはずなのです。

 そもそも、ドキュメンタリーに中立という視点は可能なのでしょうか。現在の日本のマスメディアの報道ですら中立なんかではありません。
 一番重要なのは、我々観客(国民)の見方や視点です。必ずしも全てを映し出しているわけではない、自分達で考えろ、という基本的にしてもっとも重要なポイントだ。日本に限らず、今の人間はそこを欠いている気がしませんか?

 ムーアは映画内で彼を批判するサイトの主に対してある行動を起こします。ムーア自身が、自分は公平ではない、中立って難しい、だからこそいろいろな視点が必要なんだと考えているからこそ行動ように見えました。(ま、この行動を映画にしているんだから、ちょっとは打算的に考えている部分もあると思いますがね)

 クライマックスは9・11の救命作業で健康を犠牲にした人々を連れて、キューバのグアンタモナ海軍基地に突撃するシーン。「電波少年」的ですが、そこからキューバに流れていくところは、オリバー・ストーンがカストロに突撃インタビューをした『コマンダンテ』を見た者にとっては、かなりぞくぞくします。是非、早稲田松竹など名画座で二本立てで上映していただきたい。
 勿論、このキューバの部分も眉唾で見なければいけません。はっきり書けば、マイケル・ムーアはジャーナリスト失格でしょう。

 ところで、マイケル・ムーアについての雑誌や新聞の記事で、「日本のこれを撮って欲しい」という企画が載っている時があります。誰だったか、日本の原爆について撮ってもらいたくて手紙を書いたという人もいた。

 馬鹿か、と思いました。

 雑誌企画に目くじら立てるのもどうかと思いますが、自分達の国の事は自分達でやるべきでしょう。
 人に頼ってどうする。そんな考えだから、いま話題に上がる天皇や特攻隊や原爆の映画は、ほとんど外国人が撮ったものばっかなんだよ。情けなくないのか。

 そうです、目くじら立てるべきは雑誌企画じゃなくて、日本の映画監督達に対してです。いい加減、ホラーと純愛じゃねぇだろ。目を覚ませ。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2007-07-25

死なない刑事リターン

 一ヵ月空いてしまいましたが、全ては増刊号があったからです。本当に「緊急」増刊号でした。それが終ったら、すぐに9月号の作業だったので映画を見るヒマがありませんでした。
20070723225931
 久し振りに見に行った映画は『ダイハード4.0』です。
 監督はレン・ワイズマン。出演、ブルース・ウィリス、ティモシー・オリファント、ジェフリー・ライト、マギー・Q、ジャスティン・ロング、メアリー・エリザベス・ウィンステッド、ケヴィン・スミス。

 “あの”ジョン・マクレーンが12年ぶりに帰還! 今回の相手はサイバーテロ。当然、成り行きで事件に巻き込まれるわけですが、何故巻き込まれるのかと言うと……説明したってしょうがないですね。とにかく巻き込まれちゃったんですから。突っ込めばどれだけだって突っ込める設定や展開。しかし、何も考えずに見て楽しめばいいんですよ、この映画は。

「ネットワーク? web2.0? LAN? サーバー? うるせー! わけわからんこと言ってんじゃねぇ、このデジタル野郎!!」

 そう言って気に喰わない奴らをぶん殴っていくマクレーン。拳で、脚で、銃で、車で。敵と思しき存在は手当たり次第ぶち殺していく。国家のため、娘のため、己のため。その様は(いくらなんでも殺しすぎと思いつつも)大変気持ちよく、笑ってしまうほど爽快です。

 ブルース・ウィリスがスクリーンに出てきた時は、さすがに老けたなぁと思いました。特に先日テレビで放映された『1』と比べると、頭髪が……。しかし、事件に巻き込まれていくにつれ、どんどん覚醒して、若返っていったのが堪りません。
 アクションは新しいものを見せながら、やっぱりブルース・ウィリスが身体をはって、血まみれ汗まみれ埃まみれで転がりまわる姿は「ダイハード」シリーズだと再確認できます。

 といっても、正直これが「ダイハード」なのかどうかは微妙です。いつもの面々も、いつもの要素もありません。……ま、『3』でもその傾向はありましたし、それは別にいいような気がします。。

 頭カラッポで楽しめるアクション大作です。笑いましたし手に汗握りました。大満足。

 いつもの通り、マクレーンがぼやきます。

「何で俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ」
「俺は“英雄”なんかじゃない。他にやる奴がいないからやっているだけだ」
 傍にいたマットが言います。
「それって“英雄”ってことだよね」
 ふてくされて前を見るマクレーン。心なしか、口元には笑みが。

 このシーンは、ちょっとグッときました。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2007-06-28

全てが未解決

 今月号、発売中です!

20070623233759
 さて、今回見たのは『ゾディアック』です。監督はデビッド・フィンチャー、出演、ジェイク・ギレンホール、ロバート・ダウニーJr、マーク・ラファロ、アンソニー・エドワーズ。サンフランシスコで、1960年代後半に実際に起きた連続殺人事件を題材にしたデビット・フィンチャー5年振りの新作は、どこまでも誠実に、丹念に描かれた作品でした。

 ドライブ中に、一組のカップルが襲撃される。その後、新聞社に事件の犯人しか知りえない証拠が書かれた手紙と、謎の暗号文が届く。その暗号文を掲載しないと更に殺人を犯すと。そして、犯人は自らを「ゾディアック」と名乗った。新聞社に勤めていた敏腕記者ポール、風刺漫画家グレイスミスが、この事件に興味を示す。
 そんな中、タクシー強盗殺人事件が起きた。捜査を担当したのはトースキーとアームストロング。二人も、この事件をキッカケに、「ゾディアック」に関わっていく。

 現代から見てみれば、お粗末といっていい捜査に見えますが、プロファイリングもなかった当時からしてみれば、あれが限界だったのでしょう。だからこそ、方向がずれていってしまった。
 膨大な証言と証拠、もう少しで捕まえられそうなのに、直前でするりと抜けていく犯人と真実。ずるずると、関係者達は引きずられて行きます。

 キャストは通好みと言ってよく、中でもロバート・ダウニーJrがいいです。不穏な危うさを持った敏腕記者を好演。ジェイク・ギレンホールとの、のめり込んでいく二人の対比が面白かったです。一人は転落、一人は……。

 大どんでん返しも、大胆な演出もありません。真摯に、丹念に、誠実に「人間」を描いています。とはいえ、所々で「フィンチャー節」も炸裂しているのがたまりません。ぐぐぐっと惹きつけられる。あの不穏な空気を体現し続けたのは、フィンチャーの手腕でしょう。
 ちょっと上映時間が長すぎましたが……。

 映画の観客だけでなく当時の大衆は、この事件に対して、ずっと「何か」を期待していました。「何か」あるに違いない。あっと驚く真実があるはずだ。「犯人を捕まえる」以上に、「事件」そのものに熱狂していく。
 しかし事件は未解決のまま、肩透かしに終わり、大衆は冷めていきます。映画の観客もある時、気付きます。「この犯人は、自分の人生をかけてまで、探し続けるような犯人なのか?」と。
 殺人鬼をカリスマにするのは、メディアであり大衆なのです。犯人は、ただのクソ野郎です。

 冷めた瞬間、事件を捜査する関係者達が我々の眼にどう映るか。

 関係者たちは、納得できません。ずっと、きっと「何か」が手に届くだろうと信じ、走り続ける。
 この映画は、連続殺人事件に翻弄され、ついには犯人ではなく、その先にあるであろう「何か」を追い求めてしまった男達の物語です。

 事件への執念、自らの生活、引き返したいという思い、引き返せないという思い……気付いた時、「ゾディアック」は犯人の名前ではなく、事件そのものになっており、残虐非道な犯人を捕まえる為ではなく、長く思い続けていた恋人のような存在になっています。その姿は、切なさすら感じました。
 事件は未だに未解決です。何一つ、暗号文の意味も、殺人の動機も、犯人像も、何もかも藪の中。関わった男達も藪の中へ消えていきました。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2007-06-04

アトラクションムービー

 おおお、お久し振りです! 映画は見ていて、しかも感想の下書きは書いていたのにアップするのを忘れておりました。くくう! すんません……もう時期外れなので、見たばかりの映画を。
20070603001130
 『パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールズ・エンド』です!
 監督はゴア・ヴァービンスキー。華監督よりも製作の名前の方が映画の宣伝になるのはこの人だけ、ジェリー・ブラッカイマー。
 出演はジョニー・デップ、オーランド・ブルーム、キーラ・ナイトレイ、ジェフリー・ラッシュ、ジョナサン・プライス、ビル・ナイ、チョウ・ユンファ、そして噂の“あの人”も。

 上映時間が3時間くらいあって、少々長過ぎでした。もっと、グッと濃縮させた方がいい、というのを最初に書いておいて……。

 七つの海を渡り歩く、自由に駆け巡ってきた海賊達。敵対するものだけでなく、掟や契約、呪いと闘ってきた。海で生き、海で死ぬ者達の物語。三部作の完結編は、壮絶・壮大な死闘となりました。

 『呪われた海賊たち』は一話完結でしたが、2作目の『デットマンズ・チェスト』が「起承」で、今作が「転結」。ちょっと設定や細部を忘れてしまっており、しかも伏線を矢継ぎ早に回収し、テンポよく進んでいくので、うっかりと気を抜けませんでした。あとで三部作を一気に見るのもいいかと思います。どこかの映画館でやりそうな企画ですね。

 今作はとにかく「結」に辿り着かなければいけないので、少々細部が雑でした。いや、雑というのは悪く言い過ぎかもしれません。細部が魅力的なので、あれで終わらせては勿体無いと思ったのです。
 例えば、宿敵デイヴィ・ジョーンズの過去と愛した女の話、シンガポールの海賊サオ・フェンの話。サオ・フェンなんて、特に丁寧に描けばもっと立ったキャラになったはずです。せっかくチョウ・ユンファを起用したわけだし。勿体無い存在でした。

 何より、ジャック・スパロウのシニカルな部分がたいぶ消えていました。これは『デットマンズ・チェスト』の時も思いました。その影響で、彼の「何をしてかすかわからない、でも絶対に勝つであろう」という根拠のない「万能感」が薄い。それでも、かなりぶっ飛んでいたし、ステキ過ぎたわけですけど。

 と、文句ばかり書いておりますが、退屈しない、まさに“アトラクション”みたいな映画でした。

 様々な駆け引き、そこから生じる人間ドラマ。華麗な人物相関図を組み込みながら出来上がっていく海賊vs東インド貿易会社という図式。そんな複雑な関係でありながら、子供でも楽しめるド派手な戦闘シーン。

 なにより最後の闘い直前のシーンは圧倒的です。そこから始まる怒涛のアクション。荒れた海を舞台に、二艘の船が展開しあい、大砲を打ち合い、剣での斬り合いへ。そんな中でもユーモア溢れるやり取り。何より、エリザベス・スワンとウィル・ターナーの結婚の儀を取り計らうのが、“アイツ”だというのが粋です。

 ジョニー・デップは相変わらずステキですが、今回はバルボッサ演じるジェフリー・ラッシュの好き放題なはしゃぎっぷりがよかったです。とても『シャイン』のデイヴィッド・ヘルフゴットを演じた人と同人物だとは思えません。この二人のやり取りが最高。

 これで完結なわけですが、実際に完結したのは実はエリザベスとウィルの物語だけで、ジャック・スパロウの(バルボッサ以下、海賊の)物語は全く終わっていない。再び銀幕上に現われても不思議ではないし、どこかそれを期待しています。
 しかし、(クソ長い)エンドロールの後に、ちょっとした後日談があります。あれを見たら、これで終わりでいいんじゃないかな、とも思いました。

 なかなか楽しい“アトラクション”でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007-05-07

言葉がなければ伝わらないのか

 連休はいかがお過ごしでしたでしょうか。大型連休を「ゴールデンウィーク」と表現したのは映画業界が最初です。大型を黄金なんて表現するのも、何だかおかしい気分です。私は古本市と映画でまったりと過ごしました。

 さて、まず見た映画は『バベル』です。
20070502011045
 監督はアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ。ああ、長い名前。出演はブラッド・ピット、ケイト・ブランシェット、ガエル・ガルシア・ベルナル、役所広司、そして話題の菊地凛子。こうやって並べると、なかなかのメンツですね。

 「バベル」といえば当然「バベルの塔」のことです。天にまで届く高い塔を作ろうとした人間達を、神は違う言葉を話させるようにし、結果人間達は混乱し世界各地に散らばっていった聖書のお話。
 つまりこのタイトルから、この映画は「(言語を中心とした)コミュニケーションの断絶」がテーマであることが予想されます。日本の高層ビルは、現代のバベルの塔とでも言いたげでした。だったらアメリカの高層ビルの方がバベルの塔っぽい気がしますが……。

「(言語を中心とした)コミュニケーションの断絶」は四つの物語で表現されています。
 一つは言葉の通じない異国でアクシデントに見舞われた一組の夫婦の物語。二つ目は言葉は同じでも人種(文化)が違う人々の物語。三つ目は同じ言葉、同じ人種の家族の物語。最後に言葉どころか音も通じない聾唖の少女の物語。
 この四つの物語が入り乱れながら進行していき、唐突ともいえる編集方法で、我々の心に飛び込んできます。

 「(言語を中心とした)コミュニケーションの断絶」以外にもテーマはあります。それは、バベルの塔を作り神に近づこうとした「何もかもを支配(操作)できると思い込んでいる人間の傲慢さへのアンチテーゼ」です。
 さらに言うと「キリスト教徒であり聖書を読んでいる(だろう)国民=アメリカ人はこの『バベルの塔』の話なんか忘れてしまっているんじゃないの?」という痛烈な皮肉なのです。英語こそが国際語であり、自身の文化こそが最高で、他の異なった文化は認めず駆逐する。アメリカがイラク戦争を筆頭に行なってきた行為そのものへの皮肉。

 アメリカ人に虐げられているメキシコ人だからこそ描ける作品でしょう。
 そのためか、日本を舞台にした物語はひどく違和感がありました。他の三つの物語との繋がりも無理矢理っぽい。菊池凛子演ずる少女がストレートに言語を失った聾唖だったのは、おそらくそうするしかなかったからではないでしょうか。
(やたらと日本のメディアが騒いだ菊池凛子の演技は、熱演ではありますが、絶賛され過ぎじゃないでしょうか)

 気合の入った映画です。テーマも興味深いし、役者陣も熱演していました。しかし、私は見ている最中も見終わった後も苛立っていました。
 何故か。
 この映画の表現が、「言葉なき説明過剰」であり、それでいながら表現しきれていなかったからです。

 イニャリトゥは言葉を使わず「身体的」に表現しようとしていましたが、その「身体感覚」は「頭で考えている身体感覚」なのです。この映画と似た“匂い”がするのはトミー・リー・ジョーンズ監督・主演『メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬』ですが、こちらの方が「肉体の身体感覚」である。

 この違いはどこから出てくるのか? 

 トミー・リー・ジョーンズの身体感覚は、自身の経験からです。ハーバード大学出身、成績優秀でありながらフットボールのスター選手。その一方で演劇活動も行なう。俳優としてブレイクしながら、牧場を経営し、画面内でなくても彼はカウボーイであり、一貫して「肉体」を使ってきました。

 一方、イニャリトゥはラジオDJ、テレビ番組のプロデューサーから映画監督になった。つまり、彼は一貫して「頭」を使ってきたのです。

 どちらが正しい・間違っているというわけではありません。ただ「身体的」に表現しようとした時(しかもリアリズムに徹して描こうとした時)、その“差”がはっきりと現われるのです。

 私が『バベル』に苛立ったのは、「頭で考えた身体感覚」が居心地悪かったからかもしれません。

 最後に、日本のクラブのシーンで照明がチカチカして、気分悪くなる観客がいたそうですが、あれはなりますね。私は事前に聞いていたのでそのシーンでは眼を背けてしまいました。あれはピカチューだって痙攣しますね。

| | コメント (3) | トラックバック (1)

2007-04-24

喰え、殺せ、血を啜れ!

 どうも、お久し振りです。一ヵ月更新がなかったわけですが、これは書かなかったのではありません。映画を見ていなかったのです! 忙しかったんです! だから私は悪くない!! そもそも何故、私だけ書いているんだー!?
 ……書くだけ書いたら落ち着きました。先日、初めてこのブログを楽しみしているという人に実際に会い、一人でも読者がいるのなら書こうじゃないか、という気持ちになっている川島です。

20070423234024
 今回見に行ったのは『ハンニバル・ライジング』です。公開されたのが21日なので混んでいるかと思いましたが、月曜最終回だからか、ガラガラでした。

 監督はピーター・ウェーバー、出演はギャスパー・ウリエル、コン・リー、リス・エヴァンズ。リス・エヴァンスって名前は全然覚えないのですが、しょっちゅう見かけますね。原作・脚本は勿論、トマス・ハリス。

 ここ数年、ハリウッドで流行っている前日譚です。既に人気あるんだから、ある程度の集客は見込めるので作ろうぜ的なノリで作るんでしょうね、こういうの。
 そして、今回選ばれたのが、映画史上“完全無欠”“問答無用”のモンスター、ハンニバル・レクターです。えー、彼を知らない人がいましたら検索してください。ウィキペディアとかで詳しく書かれています。

 いきなり書きますと、メリハリもないしスッカスカです。何の味も旨みもありゃしない。

 レクターのトラウマとなるエピソードは、まぁ悲惨さが出ていましたが、それだけです。原作を読んでいませんが、おそらく筋をなぞっただけじゃないでしょうか。

 一番引っかかるのは「日本」要素です。何で突然、生花や剣道が出てくるんだよ! 何でご先祖様を祀るのに仏壇じゃなくて甲冑なんだよ! 『羊たちの沈黙』でつけていたマスクの原型が甲冑にある、みたいに描くけど、あのマスクは自分でつけたくてつけたんじゃないだろ!
 それにレディ・ムラサキじゃまー!!

 興奮してしまいました。

 若いレクターだからというのを差し引いても、正直、魅力がありません。
 あの、強固ガラスの向こうにいても危険だと実感し、近くにいるだけで精神を蝕まれそうな、髪を油でオールバックにしている、いかれたジジイの若い時代の話。つまり、観客が期待しているのは彼がまだピッチピチで、自由に動けて、どんどん周りを破滅に陥れていく姿なのです。

 今回描かれた若きレクターは、復讐だけを考え、狂気へとひた走っていきます。復讐の相手は一般市民ではなく、愛しい妹を食った戦争犯罪人だから、見ている側も“安心”して見ていられます。殺人を“安心”して見るというのもおかしな気分です。

 しかし、それと並行してヤング・レクターは悪夢に襲われ、苦悩しています。私が持っている「ハンニバル・レクター像」があくまで“完全無欠”のモンスターだからかもしれませんが、苦悩するのも、それを解決するのも、もっともっとぶっ飛んだレベルでいて欲しい。ヤング・レクターはモンスターなんかじゃなくて、人間・レクターでした。
 どうしても、この映画から“あの”レクターに結びつける事ができません。あくまでこの映画は、根底にあった狂気を覚醒させるキッカケとなる、若い日の1エピソードという事なのでしょうけど。うーむ。

 ギャスパー・ウリエルは頑張ってサイコを演じていましたけど、どうしてもアンソニー・ホプキンスありきの演技なので取ってつけた感がありました。まぁあれだけの“名演”が先に存在してしまっているので、仕方ないのですが。あと、ニヤッと笑う場面が思いっきりしゃくれになっていて、サイコの場面なのに笑ってしまいました。

 うーん、私の愛しているハンニバル・レクターの原点はこれなのでしょうか。少々、いえ、だいぶガックシです。原作も読んでみようかなぁ……。

| | コメント (2) | トラックバック (3)

2007-03-30

遠くで

20070325001554
 『ホリディ』を見に行きました。監督、脚本はナンシー・マイヤーズ。出演、キャメロン・ディアス、ケイト・ウィンスレット、ジュード・ロウ、ジャック・ブラック。

 私は基本的に「恋愛」映画は見に行きません。「恋愛」を軽視しているつもりはないのですが、それだけがメインとなると、「もっと他にもあるだろ」と思ってしまうわけです。野暮といえば野暮ですが。
 しかし『ホリディ』には私の好きなキャメロン・ディアスが出ますし、何といっても“あの”ジャック・ブラックがロマンチック・コメディに出るのです! “あの”とは、ジャック・ブラックが『スクール・オブ・ロック』や『ナチョ・リブレ』など、ハチャメチャでありながらキュートな役を演じてきたぶっ飛ぶ役者だからです。これは見たい。

 ロスに住むアマンダと、ロンドンから離れた郊外に住むアイリス。時を同じくして恋の悩みを抱え、その現実から離れたくなり、ネットで知り合い、お互いの家を交換して2週間の休暇を過ごす。映画予告制作会社を経営するアマンダは、交換先のロンドンでアイリスの兄グレアムと会う。一方アイリスは近所の老映画脚本家と交流を深めたり、ひょんな事から知り合ったマイルズと「友人」として信頼を深めていく。しかし、そのうち……。

 ベタで王道の恋愛映画と言っていいでしょう。ラストはハッピーエンドなのですが、はっきり言って現実的な問題は何一つ解決されていません。強引に終わらせいます。
 でも、「それでもいい」と思わせる力が映画にはあります。物語に変にリアリティを持たせるのではなく、あくまでファンタジー(空想)としての「恋愛」を描きたかったからでしょう。
 それは、まるで一昔前のハリウッド映画のようです。

 そう、この映画はどこか“古臭さ”を感じます。それと同時に、痛烈な現在のハリウッド批判も描かれている。それらはイーライ・ウォラック演じる老映画脚本家のセリフの端々に顕著に現れています。もしかしたら、監督が一番言いたかったのはこの部分じゃないでしょうか。個人的にも、脇役の彼の話が印象に残っています。

 さて、恋愛模様についても少々書きます。(ネタバレです)

 アマンダは「肉体」からの恋愛です。ジュード・ロウ演じるグラハムと出会ったその日にベッドイン。どうも欧米の映画では、淋しい同士が会うと、その淋しさを紛らわすために、すぐさまセックスをします。ハル・ペリー、ビリー・ボブ・ソーントン出演の『チョコレート』でも淋しさからのセックスがありました。もっと精神の交流ができんのか、オマエラは、と見るたびに思います。
 それはお手軽だし、おそらく即効性もあるでしょう。しかし、それはその時、救われただけ。「それでもいい」と割り切れるのならいいのですが、しかし思いは進んでいき、結局「それじゃいやだ」になったとしたら……。映画ではうまくいきましたが、さて、現実ではどうなんでしょうね。

 対してアイリス。老脚本家と交流し、自身の問題も解決。マイルズとの関係も友人から発展。余談ですが、「友人から恋人へ一歩前進」だとか「友達以上恋人未満」という表現がありますが、それはなんですか、友情の方が恋愛より“下”だということなんでしょうか。イマイチ納得できない。
 
 ともかく、二人とも新しい恋へと踏み出したわけです。幸せになってくれれば嬉しい。

 だけど、できれば「恋愛」において、「恋人ができる(いる)」という結論より、もう一歩先に行って欲しかったです(『プラダを着た悪魔』は、一歩先に行っていたと思います)。
 先に書いた通り、ファンタジーとしての「恋愛」を描いたわけですから、それでもいいといえばいいんですが、ちょっと物足りなさを感じました。

 相変わらずキャメロン・ディアスは銀幕上では最高にカワイイ。映画以外だ、あまりカワイクないんですよね……不思議。映画女優だからそれでいいと思いますが。ジュード・ロウの気障男振りもいいし(あまり好きではないのですが)、ケイト・ウィンスレットのやぼったさもよし。何と言ってもジャック・ブラックの普通演技がよかった! いつ叫びだすのかと思っていましたが、意外や普通人も味があります。ステキでした。

 頻繁だと飽きるでしょうが、たまにならこういう映画もいいもんですね。

| | コメント (0) | トラックバック (3)

2007-03-23

直前の生

 5月号も無事校了を迎えました。発売日に店頭に並ぶので、手にとっていただけると嬉しいです。
 で、連夜の作業の疲れを取るべく見に行った映画が、物凄く重い内容で、さらに疲れがたまってしまいました。
 その映画は 『パラダイス・ナウ』です。
20070322230831

 イスラエル占領下のヨルダン川西岸地区ナブルス。自動車修理工として働く幼馴染のサイードとハーレドは、自動車修理工として働いているものの、占領という事実の中で未来も希望もない毎日を過ごしていた。そんなある日、自爆志願者をつのるパレスチナ人組織の交渉代表者ジャマルにテルアビブでの「自爆攻撃」を任ぜられる。ところが目的地に向かう途中でアクシデントが起こり、自分では外せない爆弾を身につけたまま二人は離れ離れになってしまう。

 この映画は、『WiLL』07年4月号で吉田真由美さんが取り上げておられます。その月のイチオシは『ラスト・キング・オブ・スコットランド』だったのですが、実は『パラダイス・ナウ』にしようかと迷ったそうです。結局『ラスト~』にしたのは、『パラダイス・ナウ』の内容があまりにも重く深いので、決して明るく「イチオシ!」とは言えないから、だそうです。実際に見て納得しました。

 時間は90分と短めながら、丁寧に、そして真摯に作り込まれており、長く濃く感じました。

 アメリカではアカデミー賞ノミネート時に反対運動が起きたそうです。「自爆テロ」の話だから、拒否反応を起こしたのでしょうか。映画をちゃんと見れば礼賛なんかしていないのがわかるはずですが。
 「自爆テロ」を正当化せず、しかし拒絶もせず、“説明”しています。だから見ている者は考え迷う。

「この方法(自爆テロ)で世界は変わる」

 「自爆テロ」という方法は、明らかに“誤った”行為と言えます。しかし、それを選択してしまった若者の思いまで否定できません。“それ”しか方法がないんだ、“それ”で世界が変わるんだ、という純粋とも言える思い込み。そして、それ以上に大きい、自己破壊的な内なる衝動。
 若者が走っていくのを止められる事は、できない。

 しかし、それでもこの映画はこう叫んでいます。

「他に道はある!」

 テロの話なのに、映画には血も弾丸も爆発も一切出てきません。描かれているのは穏やかな日常であり、そこに潜む暗さです。加えてこの映画の場合、舞台がイスラエル占領下というとても複雑な背景のある人間達。先に書いたように、私にはテロを美化した映画には見えませんでしたが、もしかしたら当事者には違って見えるのかもしれません。

 この映画がストーリーの時間通りに撮られたかどうかは不明です。しかし、冒頭と終わりの主人公二人の顔が全く違います。一人の顔が段々晴れやかになるのに対し、もう一人はドンドン“黒く”なっていき、一点だけを見つめている。たった2日で、「死」は、ここまで人間を“成長”させるのでしょうか。

 勿論、これがフィクションであり、彼らは本当に死ぬわけではないから、私が見た“成長”は思い込みかもしれません。だけど、この映画はフィクションとドキュメントの曖昧な境目にあります。絶対に「嘘」なのだが、「嘘」だからこその「リアル」が潜んでいるのです。

 凄い映画ではありません。しかし「映画って凄い」と思うでしょう。

 ラスト、画面が真っ白になり暗転、音が一切ないエンドロールへと繋がっていきます。真っ黒な背景に白くキャストの名前が浮かび上がっては消えていく。

 沈黙の中に、若者達の叫びが聞こえた気がしました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007-03-08

「わからない!」という叫び

 まさか更新せずに3月に入るとは思いませんでした。こんにちは。『WiLL』の川島です。申し訳ありません。月日が流れるのって早いなぁ……。何本か見ているんですけど……公開終っちゃった作品ばかりだなぁ。

 で、先日、ある映画を見に行きまして、これの感想を書こうと思っていました。見る前までは。しかし、見た後、これはどう書けばいいのかと悩みました。どう書けば、というのは感想が書きにくいというレベルではなく、私がこの映画について書く言葉がない、というレベルで、です。

 見に行ったのは黒沢清監督『叫』です。

 黒沢作品は何本か見ていますが、いつも同じ気持ちになります。それは「わからない」という気持ちです。謎がわからないとか、何がテーマなのかわからないとかではなく、「この映画はいったい何なのか」が「わからない」というレベルでわからないのです。

 『叫』でも同じ感想でした。何なんだこの映画は。

 今までの黒沢作品に比べ、ストーリーは解り易いし、ミステリー要素も魅力的。ホラー要素は正直笑ってしまうようなものでしたが。
 廃墟、埋め立て地、地震、海水、女、男といったキーワード達。
 味のある演技をする役者陣。
 どこか淋しい光の使い方。
 どれもすばらしい。しかし、どれも私の心には何も響いてこない。誤解して欲しくないのですが、謎が解明できなかった(されなかった)からでも、理路整然と説明されていないからでも、作品のクオリティが低いわけでもないのです。
 これだけ“伝わって”くるものがあるにも関わらず、“響く”事は決してない。
 私が黒沢清と“わかりあえる”日が来ることはあるのでしょうか。

 鑑賞後、私は軽い混乱に陥りました。その時、「全てを無しにしたかった」という容疑者の言葉が聞こえてきました。このまま「わからない」という気持ちで家に帰るのは嫌です。「全てを無し」にするため、私の足は別の映画館に向かっていました。

 映画の混乱は映画で消す。『劇場版 龍が如く』を見に行ったのです。

 何でその映画やねん! というツッコミが聞こえてきそうですが、劇薬という事です。
 『龍が如く』というのは、もとはゲームです。私はこのゲームの大ファンで、年末年始は『1』『2』をずっとプレイしておりました。ゲームについて書き始めると膨大になるので、ここでは割愛いたします。

 ゲームの映画化……わかっています。うまくいくはずがないんです。相当の“濃さ”を持っているゲームを二時間ちょっとでまとめるなんて、至難の業。いくらSPEED主演の『アンドロメディア』から哀川翔主演のVシネまで監督した三池崇史でも無理だって事くらいわかっています。

 で、実際に見たのですが、言いたい事は山の如くあります。ええ。書き始めたら止まらないでしょう。批判ばかりになってしまいそうなのですので、省略します。
 しかし、その反面、メチャクチャ笑ったのも事実です。口にするのは悪口だけど顔には満面の笑みが浮かんでいます。冒頭の30分は最高の気分でした。これで金払った価値はあった気がします。多分気のせい(迷い)でしょう。最後には「金返せ」と思っていたのも事実だったりしますし。三池監督なら、もっとできたと思うんですがねぇ……。
 終ったあと、『叫』の混乱は消えていました。随分な荒療治だった気がします。その日は一日放心しておりました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007-02-05

ぶっ飛びジジイ

 書いている私が言うのもなんですが、このブログ、『WiLL』編集部のブログなんでしょうか。私の映画感想ブログになっている気がします……。
 気を取り直して。
20060921214342
 『世界最速のインディアン』を見に行きました。監督はロジャー・ドナルドソン、主演はアンソニー・ホプキンスです。まさかアンソニー・ホプキンスがライダーの役をやるとは。確か、68歳ですよ。

 タイトルを見ると、物凄く足の速いインディアン(ネイティブ・アメリカン)の話かと思いますが、これはバイクの「インディアン」の事です。日本人のほとんどがタイトルだけで、そう間違えてしまいそうです。実際、間違えたのは私です。
「アンソニー・ホプキンスで……ランナーの話なの? 走るの? あ、アンソニーはトレーナーか!?」
 とわけのわからん予想をしてました。本当はバイク「インディアン」に乗ってスピード世界記録(300キロ以上!)を作った63歳のジジイ、バード・マンローの話。そう、実話なのです!
(ネタバレあり、と書こうと思ったのですが、結末などは分かりきっていますし、というか書いちゃっていました)

 いわゆる「スポコンもの」です。嫌いな人もいそうですが、私は好きです。わかりやすいし、逆転劇はやはり見ていて爽快。しかも実話と聞けば、心躍ります。

 さらに、この映画にはスポコンものであると同時にニュージーランドから、会場となるアメリカ・ボンヌビルの塩平原(ソルトフラッツ)まで行く“ロードムービー”の要素もあるのです。この道中の話がとてもいいのです。それにしても塩でできた土地というのは凄いですね。どこまでも平ら。一度行ってみたいです。

 マンローは様々な人と出会い、助けられます。みんな、あまりにもいい人ばかり。脚色があるでしょうが、これが実話なのだから、出会いって素晴らしいですね。

 その道中の人々は、ジジイが世界記録に挑む(しかもバイクの!)と聞き小馬鹿にしますが、マンローは意にも介さず自己紹介をし握手をします。そしてバイクへの熱き思いを語る。気付けばみんな笑顔で話を聞き、マンローを助けてくれる。再び握手をして別れる。もしかしたら二度と会わないかもしれない。だけど「それじゃあまた」と言いながら別れる姿は美しいです。

 アンソニー・ホプキンスが68歳にしてバイク乗りを熱演しています。最初はそれほど魅力的でもなかったマンローが、物語が進むにつれ、どんどんチャーミングになっていきました。微笑ましいったらありゃしない。バイク乗りにしては少々太めなのは目を瞑ろうじゃないですか。

 特に捻りもなく、ストレート過ぎるといっていい物語です。まさに「スポコン」。しかし、こんなに楽しく、愉快な気分にさせてくれる映画も久し振りかもしれません。
 舞台は1962年。アメリカはベトナム戦争中。同じ時期に《夢を諦めるくらいなら、野菜になった方がましだ》と言い放ちバイクに跨るジジイがいた。そして―繰り返しになりますが―これが実話なのだから愉快で愉快で、見ながら頬が緩みっぱなしでした。

 それにしても、何故人はスピードに憑りつかれるのでしょう。F1が好きな私も不思議でしたが、その答えもマンローが教えてくれました。

《5分は一生に勝る》

 5分どころか1秒、100万分の1秒も一生に勝るのでしょう。マンローはじめ彼らは多分、世界記録を超える瞬間、いわゆる「スピードの向こう側」に行った瞬間「死んでもいい」と本気で思うのかもしれません。

 その後、マンローは大会に参加し続け、1967年に作った世界記録は未だに破られていません。技術が進化し、運転技術が上達しても、1920年製の「インディアン」に乗っていたジジイの記録を破る事ができない。必要なのは“自分の”技術と経験。そして、情熱。最速で走るためにそれ以外に何が必要なのか。つまり、最後は「人間力」なのだ、とはっきり証明しています。

 僅かな人間しか到達できない一点を目指し、マンローは人生を駆け抜けます。貧乏でも、孤独でも(実際は孤独ではないけど)、周りから冷やかされても、気にしない。夢に向かって、勇気と、優しさと、行動力を持って走る。

 自分の心の内にある好奇心、夢に真正面であり続ける姿は、美しさと素晴らしさに溢れています。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2007-01-25

裏切りとモラルとロック

 間をおかず更新ですよ! すぐ途絶えそうですが。

20070121224003
 『ディパーテッド』を見に行きました。監督はマーティン・スコセッシ、出演はレオナルド・ディカプリオ、マット・ディモン、ジャックニコルソン。

 警察に侵入したマフィアと、マフィアに侵入した警察官。裏切りと信頼の物語。

 韓国大ヒット映画『インファナル・アフェア』のリメイクです。私は原作を見ていないので、どう違うかはわかりません。原作ファンがどう反応するのか気になりますが、聞いた話では、ほぼ細部まで忠実にリメイクされているそうです。それでもなおスコセッシ節になっているのが凄い、とも。確かにスコセッシ映画でした。が……。

 「裏切りの連続」と「モラルの崩壊」を描かれた作品であり、エンディングからは道徳的なメッセージを受け取る事ができます。少々喰い足りない部分はありましたが、物語はスリリングだし、音楽もいい。役者陣もよかったです。
 ディカプリオはいい役者になってきましたね。「レオ様」と言われていた頃が懐かしいです。……今も言われているんでしょうか?
 ジャック・ニコルソンの、枯れているのに“色気”のあるマフィアのボスもステキです。
 マット・ディモンはあまり好きになれないのですが、まぁいい演技だったと思います。
 “ネズミ”同士の交錯をもう少し深くして欲しかったです。スコセッシ作品の中でベストとは言わないし、上位にも入らないかもしれないけど、十分面白い映画ではありました。

 しかし―これは『SPA!』で中原昌也氏が書いていた事と同じですが―《何かが決定的に違う》のです。

 無いのか、多過ぎるのか、とにかく《何かが決定的に違う》。
 『ギャング・オブ・ニューヨーク』以降のスコセッシの映画は精彩を欠いていた、と私は思います。考えればディカプリオと組んでからですね。
 それに比べれば、スコセッシ“らしい”作品です。だからこそ、その「決定的な違い」が顕著に現れ、正直なところ、ほんの少しがっくりしてしまいました。次作は「小規模のクルーで、インディペンデントに撮ろうと思う」そうです。何でも遠藤周作の『沈黙』の映画化らしいので、これはちょっと見たい。
 作品の内容どうのよりも、何より、それを痛烈に感じました。
 今が「停滞」であり、この作品でさらに“先”に行ってくれる事を期待したいです。

 そんな中、最も興奮したのは音楽です。使い方が秀逸。

 オープニング、ジャック・ニコルソン演じるマフィアのボスの独白シーン、The Rolling Stones“GIMME SHELTER”が被さる。
 クライマックスに向かうシーン、Dropkick Murphys“I'm Shipping Up To Boston”が鳴り響く。

 どれも、驚くほどカッコ良過ぎです。

 ボブ・ディランやブルースのドキュメンタリー映画を撮っているのに、ここで現役パンクを使いますかね。まさかスコセッシの作品で音楽、しかもロックの興奮を味わう事があるとは。脱帽です。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007-01-23

イカとクジラと猫

 相変わらず誰も書かないブログですね。いや、私も久し振りなんですが。映画は何本か見ていたのですが、書く暇がありませんでした。年末年始の休みが進行に響いて……ようやく一息ついたので書きます。だだだと、書いていけたらいいなぁ(もはや願望)。

20070109010101
 見に行ったのは『イカとクジラ』です。主演はジェフ・ダニエルズ、ローラ・リニー、ジェス・アイゼンバーグ、オーウェン・クライン。監督はノア・バウムバック。
 この不思議なタイトルは、内容と関係ないわけでもなく、何かの比喩になっているわけでもありません。そのまま「イカ」と「クジラ」なのだから面白いです。

(ネタバレありますので、ご注意を)

 舞台は1986年のニューヨーク。父、母共に作家の両親を持つ兄弟が住んでいた。ある時、父と母は離婚を決意する。父は家を出て近所に引っ越すのだが、子供達はその二つの親の家を行ったり来たりする事になる。

 と、簡単に言えば崩壊している家族の話です。それにしてはへんてこりんな状況ですが。

 そんな変な状況の中で、兄が放った「僕達は行き来するとして……猫は?」というセリフが、現実離れをしていながら、妙にリアルで笑えます。それに対して両親も「くそ、忘れていた!」と本気で悩むし。ちなみに、この話は監督の体験が基になっている自伝的映画らしく、監督の場合は両親が映画評論家だったそうです。

 父・バーナードは、かつては脚光を浴びていたものの、今はスランプに陥っています。そんな中でも「本と映画に興味のない人間は俗物だ」と言い切るような男が彼です。
 一方、母・ジョーンは新人作家として『ニューヨーカー』に作品が掲載されるなど、脚光を浴びつつありますが、浮気性で恋愛を繰り返しています。
 兄・ウォルトは思春期ならではの恋の問題や性的衝動に悩まされ、弟・フランクも性的衝動をどう解消すればいいのかわからずとんでもない行動を起こしてしまいます。

 みんな問題だらけ。

 ユーモアを交えながら(ちょっとブラックです)、「家族」とは何なのかを一つの滑稽な家族を描く事によって表現しています。
 実は真の俗物だった父、相変わらず恋愛をし続ける母、何もかもがうまくいかない兄、戸惑う弟。
 皆、何かしらの問題を抱え、何とかしたいと思うんだけどうまく行かず、思わぬ方向に事態は進展していきます。哀しみに明け暮れる事も、考える事も、行動する事もなく。

 そんな中から、一緒に家を行き来していた猫はスルッと逃げ出す。まるで、「俺は関係ないよ」と言わんばかりに。あの猫はどこへ行ってしまったんでしょう。

 「イカ」と「クジラ」はウォルトのトラウマです。彼は小さかった頃、ニューヨークの自然博物館で格闘する「イカ」と「クジラ」が怖くて泣き出してしまった。それは、その姿が両親の姿とダブったからでしょう。それを認識した時、ウォルトは初めて一人の人間として、自分の家族を見つめる事ができるのです。

 そこで映画は終わります。とても唐突な終わり方です。
 この後、あの家族はどうなっていくのか。修復するのか。再生するのか。破壊するのか。
 見ての通り、どこにでもある家族、とは言えません。しかし、何故かシンパシーを感じます。本当の物語はいつも映画が終わった後に始まる。この家族が、どういう形であれ幸せになってくれる事を、心より願います。

 ウォルトは学園祭でギターの弾き語りをします。自作の曲と言っていましたが、実はピンク・フロイドの“Hey you”という曲でした。その曲の歌詞は、とても意味深でした。歌詞の引用で、この感想は終わろうと思います。

《Hey you, would you help me to carry the stone?
 Open your heart, I'm coming home.
 But it was only fantasy.
 The wall was too high,as you can see》
(ねえ、君、僕が石を運ぶのを手伝ってくれるのかい?
 心の中に何があるか話してよ、家に帰る予定だからさ
 でも、それって幻想だったね
 君も知っているように、あんまりにも壁が高すぎたからさ)

《Hey you,don't tell me there's no hope at all
 Together we stand, divided we fall》
(ねえ、君、もう何の望みもないなんて言わないでおくれ
 一緒にいれば頑張れるけど、分かれてしまったらおしまいだよ)

| | コメント (1) | トラックバック (1)

2007-01-10

明けてました。

 明けてました、おめでとうございます。このブログは相変わらずまったりと更新していきます。

20070101231936
 新年最初の映画は『007/カジノ・ロワイヤル』でした。
 元旦に見に行ったのですが、空いているからと思ったら、席が9割埋まるくらいの盛況ぶり。街自体は空いていたんだけど、考える事はみな一緒なんですね。よほどテレビがつまらないのかな。

 出演はダニエル・クレイグ、エヴァ・グリーン。初の金髪ジェームズ・ボンドです。何でも欧米では先代のピアース・ブロスナンの人気が高かったせいか、彼が次のポンドだと発表されたら反発がひどく、ボイコット運動、アンチサイトも出来てしまったと聞きました。

 私も、彼が次のボンドだと聞いた時は「貧弱なボンドになってしまうなぁ」と思っていました。しかし、彼の出演作『レイヤー・ケーキ』を見て考えを改めました。これは期待できる、と。
 実際、彼のボンドデビュー作である今作が公開されたら好評で、シリーズ最高傑作とも言われています。映画評論家や「007」の原作愛読者からはダニエル・クレイグが演じるジェームズ・ボンドは最も原作に近いと評価している人もいるとか。見てから判断しないといけませんねぇ。

 物語は古典的です。(真の意味で)「007」が生まれるまでの話、と聞けば大体展開が想像できて、その通り。それは別に問題ではありません。「007」シリーズは、サスペンスや推理やどんでん返しよりも(これも期待したいところですが)、ジェームズ・ボンドが如何に事件を解決するか、が一番の見所だと思っています。そういう意味で、今作の演出はスタイリッシュ(冒頭のアニメーションが秀逸!)、セリフは粋、とかなり楽しめました。

 何より、前述のダニエル・クレイグがいいんです。紳士でワイルド、クールで皮肉屋、知的でタフガイ(死語ですかね?)、それでいて非常に人間くさいジェームズ・ボンドとなっています。
 多分、私より上の世代(私、26歳です)は未だに最高のジェームズ・ボンドはショーン・コネリーだと思っている人が多いでしょう。実際、私の父親もそう言っておりました。
 私の世代では、ショーン・コネリーは既にジジイという認識なので、若い姿を見ると、生々しくて胸焼けしそうになってしまいます。まぁこれも失礼な話ですが。個人的には先代のピアーズ・ブロスナンは紳士過ぎて物足りなかったので、ダニエル・クレイグのボンドこそ“俺達の「007」”のような気がします。

 結末は少々ビターだったけど、それも予想できたので後味は悪くないです。元旦にふさわしい映画でした。原作も読んだのですが、深みは原作の方がありましたが、ル・シッフル(敵)とのカード対決は映画の方がスリリングでした。読み比べるのも一興かと思います。

 最後になりましたが、今年も『WiLL』(とこのブログ)を宜しくお願いいたします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006-12-21

“終わり”へ全力疾走

20061219114047
 『硫黄島からの手紙』を見に行きました。言わずと知れた、クリント・イーストウッドが監督した「硫黄島二部作」の日本側の作品です。

 テレビでもラジオでも宣伝しまくり、各方面で絶賛の嵐、「アカデミー賞云々」と連日メディアを騒がせており、フラットな気持ちで見ようと思っていましたが、やはり心のどこかで期待している自分がいました。

「どうだった?」
 と聞かれれば、
「うーん、退屈……」
 と答えると思います。
 『父親たちの星条旗』は圧倒的なスケールと細やかな筆力で、戦争の無意味さを「勝者という“虚像”」を描く事によって表現していました。私は傑作とは言いませんが、かなりの良作であった事は間違いないです。
 この『硫黄島からの手紙』もイーストウッドの「演出しない」演出を使い、あくまでも偏らずに描こうとし、確かに詰まっているものは濃厚だが、映画としては退屈なものとなってしまいました。

 考えるに、結局、外人であるイーストウッドには(特にあの時代の)日本人特有のナショナリズム、センチメンタリズム、ナルシズムなどが理解しきれなかったんじゃないでしょうか。日本人を扱いきれなかった。つまり、イースウッドが監督すると決まって時点で、こうなる事は半ば分かっていた事なのかもしれません。そう言ってしまうと身も蓋もないかもしれませんが。

 イーストウッドは栗林中将という人物や硫黄島での日本兵の姿を描きたかったんでしょう。
 しかし、私はある程度、硫黄島の戦いについて予備知識があったので、この映画は物足りなく感じました。逆に予備知識がないとなると、栗林中将はどういう人間なのか、この戦いはあの大戦の中でどういう意味があったのか、が全く伝わらないではないんじゃないか、と思います。中途半端、ではないでしょうか。

 ここまで批判的に書きましたが、いい作品なのは確かです。
 感傷にも感情にも流されず、“個”を見つめ続けたイーストウッドの手腕は素晴らしいです。

 私はこの作品で、敗者が描かれていると思い込んでいましたが、それは間違っていました。
 ここで描かれている日本人は敗者でも勝者でもなく、ただ国を守りたい一戦士だったのです。私達は「終わった所」から「終わってしまった」話として『硫黄島』を見つめていますが、あの当時あの瞬間では、当り前ですが、終わってなんかいなかったのです。
 栗林を始めとした日本兵達は、死という絶対的な“終わり”が目の前に迫りながら、それが確実であると薄々感じながら、それでもなお、終わりに向かって走り出していった。彼らは死に向かって生きようとしたのです。だから「散るぞ悲しき」と栗林は残したのです。イーストウッドが描いたのは日本兵の「生」への「敬意」。

 そして、物語の終盤で伊原剛志演じるバロン西は、捕らえた米兵を「殺そう」という兵士にこう言います。

《若造、お前はアメリカ人を知っているのか》

 自分達が“終わり”に向かってでも守ろうとしている国や人が、「敵」としか認識していなかった存在にもあるという事実。

 その事実を同じテーマで作品を撮ることで、より明確にさせたイーストウッド。巨匠と言われても、「ハリウッドの良心」扱いされようとも、誰も踏み込まない先へ行こうとする姿は驚嘆します。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006-11-27

ナチョ、飛べ!

 何も言わずに感想を。
200611212141211
 『ナチョ・リブレ 覆面の神様』を見ました。

 教会の神父が、孤児のために禁じられているルチャ・リブレ(プロレス)に覆面を被って参戦する、という話は実話です。ジャン・レノ主演ですでに映画化もされています(『グラン・マスクの男』)。しか~し、本作の主演はジャック・ブラック! シリアスじゃない、コメディだ~!! 
 というわけで、驚くほどくだらないコメディです。
 ストーリーを簡単に書けば、ジャックブラック演じる神父が教会で孤児と暮らしており、自分の夢(レスラーになる)を叶えたいし、子供も幸せにしたいし、好きな女性と結ばれたいし、ってえらい欲深いですね……。

 実話が題材になっているのに、妙に嘘くさい感じる物語。いいことを言っているんですが、どこかで聞いた事がありそうなセリフ。ベッタベタなギャグとベッタベタな展開。
 全てが胡散臭い。にもかからわず、それが最高に面白いから不思議です。“一週まわって面白い”現象でしょうか。胡散臭さも全部ならば気にならないみたいな。いや、気にはなりましたが。

 レスラーの役をやるというのに、丸いままの身体でピチピチタイツを穿きながら演じ続けるジャック・ブラックがたまりません。映画の公式サイトでは、ジャック・ブラックは役作りをしたと言っていましたが、一体、どの辺にそれが現れているんでしょう。
 しかし、ちゃんとプロレス技(パイルドライバーからラ・マヒストラルまで)を使っているという無駄な拘りがまた笑いを誘います。イマイチ、プロレスのルールもメチャクチャでしたけど。
 いるのかどうかわからない、ジャック・ブラックの美声もあり。ナチョが惚れるシスターも無駄にやたらと艶っぽくてカワイイ。突っ込みどころしかないです。
 物凄く乱暴に言うと、『スクール・オブ・ロック』のプロレス版、でしょうか。

 いつもより短い感想なのは、面白かった以外に書くことが何もないからです。「頑張れば努力は実を結ぶ」というテーマがありそうだけど、そんなものは微塵も伝わって来ません。
 くだらなくて、面白くて、アホくさくて、笑いました。見終わった後、何も残りませんよ。それがコメディの真髄でもある気がします。
 ナチョ~~!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006-11-21

That's All.

 だからね、誰かね、書けよと言いたいわけなんですよ。私以外の人も書けば、毎日とは言わなくても、それなりに更新されるじゃないですか。何ですか、この映画感想だらけの編集部ブログは。私の個人サイトか!
 ……はい、恒例の心の叫びが終わったところで、感想です。

20061120213909

 『プラダを着た悪魔』を見ました。主演はメリル・ストリープとアン・ハサウェイ。監督はアメリカのテレビドラマ「セックス・アンド・ザ・シティ」のデヴィッド・フランケル。実は「セックス~」は見たことないので、比較はできませんが。

 ジャーナリストを目指してニューヨークへとやって来たアンディが就いた職業は、一流ファッション誌“RUNWAY”の編集長ミランダ・プリーストリーのアシスタント。ミランダは、その絶大な影響力に誰もが恐れおののくファッション界のカリスマだった。朝も夜もなく四六時中浴びせられるミランダの理不尽な命令に、いつしかアンディの私生活はめちゃくちゃに。恋人ネイトともすれ違いが続いてしまう。こうして、早くもくじけそうになるアンディだったが…。

 ストーリーを読んでいただければわかりますが、いわゆる「女の子の垢抜け成長物語」です。よくある、展開の読めるちゃっちなストーリーと言っていいでしょう。
 ただ、他の映画との決定的な違いは「女が女の世界で洗練、成長していく」という点だと思います。誰かに見出されたわけでもなければ、自分探しに明け暮れるわけでもなく、恋愛のためにキレイになっていくわけでもない。ストイックなまでに、仕事の中の話です。

 「恋愛」や「友情」などの要素は確かにありますが、メインディッシュに添えられるポテトサラダかパセリみたいなもの。なければ物足りないけど、あくまで添え物です。「仕事」というのがメインテーマです。それは全くぶれず、一本筋が通っており、とても良かったです。
 そのぶれの無さは、アンドレアとミランダの関係にも通じます。「仕事」と「プライベート」のギリギリの線で出来上がっている。そのバランスが絶妙なのです。よく、敵対していた人がプライベートにまで入り込んで通じ合う映画がありますが、そんな陳腐な事はしません。

 映画は物語も演出も、何もかも徹頭徹尾“スタイリッシュである事”を貫いています。全ての出演者が、様々な服を着てオシャレ満載なわけですが、ただキレイな服を着てちゃらちゃらしているのではなく、あたかもアスリートの様に己を研ぎ澄まし、プロ意識をはっきり持ちながら仕事をしてます。

 メリル・ストリープが素晴らしいです。アン・ハサウェイもかわいかったけど(ださくたって、かわいいもんは最初からかわいい)、圧倒的にメリル・ストリープが良かった。前から大女優だったわけだが、ちょっとやぼったい印象がありました。でもこの作品では、一流ファッション誌編集長を見事に演じ切っています。

 映画はミランダの一言で終わります。その一言は、誰でもわかるほど簡単で、単純で、深い。そしてそれを言うミランダの表情、仕種、言葉使い……完璧と言っていいワンシーンでしょう。

 見終わった後、颯爽と歩きたくなりました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006-11-06

勝ったのは誰だ?

 誰か書けよ! と思うわけですが、まぁいいです。
20061104011651
  『父親たちの星条旗』を見ました。 硫黄島二部作の第一部でアメリカ側の視点。第二部、日本側の視点『硫黄島からの手紙』は12月公開です。客席にはお年寄りが多かった気がします。

 監督はクリント・イーストウッド。ハリウッドが硫黄島の映画を作る、と聞いた時は『パールハーバー』みたいになるんじゃないかと不安になりましたが、監督がイーストウッドと聞いただけで安心しました。ダーティー・ハリーもいつの間にか「ハリウッドの良心」です。

 硫黄島の擂鉢山に星条旗の旗を立てる時に撮影された一枚の写真にまつわる物語。旗を立てた、とされた兵士の生き残り三人が帰国し、英雄扱いされ戦時国債集めに使われてしまう。硫黄島の戦闘そのものではなく、兵士達はは何のために戦い、死に、生き残ったのか。戦場における英雄とは何なのか。

 戦争において、もっとも辛く哀しい想いをしたのは、間違いなくたくさんの“名も無い”死んでいった兵士達です。しかし生き残って、しかも英雄になってしまった“名を得た”兵士達にも、深い傷跡を残したのです。

 正体不明の敵(日本兵)と戦う怯え、そこから発生する狂気。たまたま写真に写り、生き残っただけなのにイベントやパーティが夜ごと日ごとに繰り返され、拍手やスポットライトを浴びる、国民・国家の狂気。
 物語は、硫黄島の戦闘シーン、帰国後の国債キャンペーンツアー、さらに現在の関係者へのインタビューという三つの時系列を織り交ざっていきます。少々複雑で、しかも兵士の顔が全員坊主で、顔も泥だらけなので最初の方では誰が誰だかわからなくなってしまいました。

「真の英雄は私たちではなく、戦場で死んでいったたくさんの仲間達です」

 生き残った兵士の一人は民衆にそう語ります。それは、間違いなく本心なんでしょうが、どこか空虚なフレーズに聞こえてしまうのは何故なんでしょう。あまりに我々がすれてしまったからなんでしょうか。

 戦場の真実とは、生き残った者の中にあるのか、死んでいった者の中にあるのか。そもそも真実なんてものがあるのか。

 戦闘シーンはなかなかの迫力でした。特に島上陸シーンは、圧巻の迫力。摺鉢山の山頂から海岸を俯瞰すると、凄まじいばかりの数を誇るアメリカ兵団。これを見た日本人は、生き残る事なんて考えなかった、考えられなかったんでしょう。
 それはそれで狂っています。 そう、戦争は狂気で、異常な空間なのです。しかし、戦争に追い込まれてしまう状況というのは確かにあります。だからこそ軍事力を持つという議論が巻き起こっているのです。結論はまだ出ていませんが……。

 あるシーンで、兵士の前に旗を立てる兵士の図を模ったケーキが出される。それにかけるのはストロベリーソース。真っ赤な液体が流れる英雄達。あれは本当にあった事なんでしょうか。本当だとしたら、哀しくなるほど無神経です。それはケーキに限った事ではなく、英雄達の像を作った人々もそうでしょう。だけど、作らざるを得ない心理状態だったのも事実。それが更に哀しさを加速させる。

 狂乱の果てに、彼ら英雄達はどう過ごしたか。その後の人生には胸が詰まりました。
 残ったのは虚しさだけ。
 「日本兵」という言葉も、日本兵の姿も殆ど出てこない。だからこそ、アメリカ兵達は何と戦ったのかはっきりしない。
 銃口を向けている相手は誰なんだ。
 戦争に勝ったのは“誰”なんだ。
 私には、まだ、その答えはわかりません。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006-10-25

右も左も真ん中も

 えーっと。
 また一ヵ月くらい空いてしまいまして。誰も書いていませんし。すみません。私もいくつか見たのですが、私の場合はうまく言葉にできなかったもので。
 見に行ったのは 『紙屋悦子の青春』です。ようやく見に行きました。
Photo_2
 黒木和雄の遺作という事もあり、ありとあらゆるところで様々な人が語っているので、今更、私如きが何を言えばいいのでしょうか。本誌でも秋山登さんが書いておられます(9月号)。しかし、それでも書きたいと思うほどの作品でした。

 反戦映画ですが、それと同時に青春映画であり、恋愛映画です。深く重いテーマを題材にしているのに、描かれているのは驚くほど軽い情景。にも関わらず、見終わった後は爽やかな気持ちと共に、ずっと考え込んでしまいます。はっきり言って、凄い作品です。傑作、と言っても過言ではないでしょう。

 この映画で特に印象に残ったのは、原爆投下も敗戦の日も出てこない点です。戦争映画(反戦映画)はこの二つを必ずと言っていいほど描きます。描くのは問題ないのですが、描く事によりイデオロギーが生じてしまう事が多い。しかし、この映画はあくまでも「戦争中の日常」のある一時期に過ぎないのです。

 音楽はタイトルバックでしか流れません。大きなドラマも起こりません。戦時中でありながら、時折噴出してしまう場面もあります。いや、戦時中だからといって、庶民の生活にはユーモアはあったでしょう。常に高揚していたわけでもないし、絶望していたわけでもないという、当たり前のことなのに、この映画で初めて知った気がしました。

(略)いわゆる「英霊」をどう理解したらいいのかということは日本人にとって今日ますます難しい課題になっているが、単純に祖国に準じたというのでなく、その未練の部分を追体験してみることが大切で、この映画はそれを誠実につきつめている。(パンフレットの佐藤忠男の解説より)

 国を、郷土を、愛する人を守るために自ら志願して飛行機に乗るのも自分の意志。
 心に秘めた思いを告げる事ができず、決心してもなお友に手紙を託すのも自分の意志。
 “未練”を抱えながら死んでいった者、残された“未練”を抱えながら生きていく者。

 銃声は一発も聞こえない。スクリーン上では誰も死なない。だけど、痛烈に死と戦争を感じます。
 黒木和雄、75歳。素晴らしき映画作家の死に、合掌。

 あー、駄目。うまく書けません。何度も書き直しているのですが。言葉にできない感情を映像にしているのだから、当たり前といえばそうなんですが。
 DVDになったら見ようかな、と思っている人は、待たずに映画館へ行ってください。テレビで見ると、とても退屈な映画に思えます。是非とも映画館で。

 言葉で表すには、言葉が足りない。そういう意味でも、映像の真骨頂としての映画かもしれません。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2006-09-25

学生時代を思い出した。

 ごめんなさい。
 開口一番謝ったわけですが、一ヵ月以上、いや二ヵ月近く書いていないわけです。いやー、時が経つのって早いですね! 私だけ書いていなかったわけじゃなくて、編集部員みんな書いていない! 責任分散! ごめんなさい。さくさくと書きます。

200609240011281
 見に行ったのは『時をかける少女』です。事前情報は全くなく、何の期待もしていなかったのですが、いやはや、かなりの良作でした。

 原作はご存知、筒井康隆。40年前、1965年の作品だそうです。1965年! その時の作品が今も通じるとは、恐るべし筒井康隆。と言っても、原作というより原案みたいなもので、要素は同じでもストーリーは全然違うものになっています。新作、と思っても差し支えないでしょう。
 キャラクターデザインは貞本義行。こちらも言わずと知れた、「エヴァンゲリオン」の人ですね。

 物語は、高校生・紺野真琴があるキッカケからタイムリープ(時間移動)できるようになる。テストをやり直したり、カラオケを何度もやったり、好きな夕飯を食べるために過去に戻ったり、くだらない事ばかりに能力を使う。それを繰り返していくうちに、彼女の知らない間に、彼女とその大切な男友達二人、さらに周りの運命を変えていた。

 タイムリープというのは、よく知られているし、よく使われています。ただ、物語を収束させるのが難しいです。タイムリープに限らず、SF・ファンタジーというジャンルは、壮大な設定になればなるほどまとめるのが大変です。なんせ、「空想」の世界ですから、何でもあり。どれだけ作者の中で世界観が出来上がっているのか、もっと言えば“縛り”を作れるか、がいい作品になるかどうかのポイントだと思います。「実はこんな設定もあったんですよー」なんてやられた時にゃ、物を投げたくなりますからね。
 この作品はどうかというと、ところどころ突っ込み所がありましたし、あれはどうなっているんだろうと思う部分もありました。
 作画でいえば、ちょっと荒い部分がありましたし、演出もドタバタ過ぎだなぁと感じる部分もありました。

 が。
 んなことはどうでもいいんですよ(えぇ~)。内容がいいんですよ、これがまた。高校生の友情、恋愛、そして未来を絡めながら、後味すっきり、爽やか。
 最近のアニメにありがちな、事前知識や予備知識、解説、裏設定、萌え、などがなくて、内輪受けじゃなくて一般向けです。アニメを観ない人も問題なく見れます。もちろん、原作を読んだり、大林宣彦版の映画を見ておけば、更に楽しめます。 
 「アニメなんてしょせん子どもとオタクが見るものさ」と思っている人、「アニメはジブリしか観に行かない」という人にもお薦めです。、ジブリ以外にもいいものあるんですよ! 観ていないので『ゲド戦記』とは比べられませんが、ジブリ前作の『ハウルの動く城』なんかより、ずっとずっと面白くて感動できます。世界の映画祭にも出せばいいと思います。絶対にウケますよ。

 紛れも無い“青春”映画でした。
 観終わった直後より、少し時間が経ってからの方が胸に来るものがあります。じわじわ。“青春”という時をかけた人、かけている人、かける人、全ての人に捧げる、とてもステキな映画でした。

| | コメント (1) | トラックバック (1)

2006-08-01

もっと深みを!

200607312241491
  『パイレーツ・オブ・カリビアン デッドマンズ・チェスト』を見に行きました。最後の19時の回だったんですが、結構混んでいました。さすがあれだけ前評判が高く、広告もばんばんやっているだけあります。

 見る前に、こんなことを思っていました。
「前作ではジャック・スパロウは主人公の一人だったんだけど、その彼が受けたんだから、続編はがんがんプッシュしてきて、そのせいでやり過ぎ感が漂ってしまうんだろうなぁ。ヒットしたから金もかけて派手だけど、物語はイマイチなんだろうな」
 そうしたらその通りでした。ちょっと苦笑。

 内容は完結している『1』と違って、『2』『3』は前後編になっています。だから、物語は中途半端なところで終わっていて、物語も何だか間延びしています。大体今作も2時間半ありました。冒険活劇にしては長すぎです。
 
 ジャック・スパロウはいいですね。おどけていて、ラリッていて、臆病で、卑怯者で、素直で、カワイクて、カッコいい。ちなみに今回のコピーは《さらば、ジャック・スパロウ》で、そういうシーンは確かにあったんですけど、それが格好いいんですよ。ジャック・スパロウに1800円出しますね、私は。とはいえ、そんな私でも今作は思った通りちょっと過剰気味でしたけど。

 物語自体はどうなのかというと、イマイチでした。次から次に物事は起きるんですが、ただ大騒ぎしているだけなような。しかし、思い返せば『1』も物語はイマイチで、ただただジャック・スパロウだけが良かったんだから何一つ変わっていない気もします。
 なので、「混んでいる映画館にわざわざ行く事はないけど、『1』観て、『3』も行くんだったらそのうち見たら? ジャック・スパロウ以外ちょっとガックシだけど、そもそもそういう映画なんだからいいんじゃないの」というのが私の感想です。褒めているんだか褒めていないんだか。

 以下は、少しですがネタバレです。ネタバレって程でもないんですけど。一応、注意してください。

 今回、エリザベスの揺れる心も一つの見所です(見所って程ではない気がしますが、少なくと製作者側にはそういう意図があるはず)。
 揺れるというのは、婚約者ウィル・ターナーとジャック・スパロウの二人のうち、どっちが好きなのだろうかということ。ウィルは好きだけど、自由奔放なジャックにも惹かれる……という、とてもわかりやすい図です。そういう構図が出来てもいいと思います。陳腐だけど。
 だけど、簡単過ぎませんかね。というのも、エリザベスがジャックに対して抱いている感情というのは、恋愛感情とは似て非なるものと思うからです。友情であり、愛情であり、憎悪であり、憧れでもある。そういうあらゆるものを含んだ、とても複雑な感情ではないんでしょうか。
 しかし、ハリウッド映画は、そういう複雑な、または、あやふやな感情を描くのがとても下手です。好きか嫌いか。愛情か友情か。LoveかLikeか。0か100か。はっきりとしたものが多い。あやふやで、あいまいな感情や関係を描けない。いや、わかりやすくする為に描かないのか。とにかく、その点はちょっと不満です。ジャック・スパロウという魅了的なキャラクターがいるのだから、人間関係に深みをもたせたらいいのに……そうすりゃもっと……恋愛関係とか親子関係とかもさ……ぶつぶつ。

 ま、『3』も控えていますし(多分同じ感じだろうけど)、後編次第でまた変わるかと。
 『2』に関して言えることは唯一つ。ジャック・スパロウは(やり過ぎながらも)今作も最高、ということです。カッコよかったなー。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006-07-24

トム・クルーズの半開いた口

 お久し振りです。約一ヵ月間書いておりませんでした。映画は見ていたんですけど……。
 言い訳は置いておいて、感想を。

 『M:i:Ⅲ』です。トム・クルーズさんの大人気シリーズです。
200607222002401
 『1』は大好きで何回か見ています。だって、まずキャストがいい。ジョン・ボイトにエマニエル・ベアールですよ。さらに監督がブライアン・デ・パルマ。いやー、最高でした。

 ところが、『2』は、ジョン・ウーがやらかしたのか、トムさんがやらかしたのか知りませんが、面白くないの極致でした。スパイ工作として敵に知られずに侵入したのに、ドアを爆破するわ、何故か敵に姿を見せるわ、ハトは飛ぶわ。スパイ関係なくね? という映画です。ジョン・ウースタイルまんまなので、多分、ジョン・ウーがやっちゃったんでしょう。

 で、『3』です。ちゃんとしたスパイムービーに戻っていてホッとしました。

 今作では攻守が二転三転し、怒涛の如く展開していきます。アクションもド派手。金使ってまっせー、というのが伝わってきます(褒め言葉ですよ)。話のテンポが早いから、物語に深みはありません。ま、全部なんて贅沢なことは言いません。
 毎シリーズ思うのですが、よく見ると主人公イーサン・ハントっ結構自分の都合というか勝手で行動していますよね……それに組織から離れて行動する時も、ずいぶん装備が充実していますよね……ま、いっか!

 敵役は、気持悪い役をやらせたら天下一品、フィリップ・シーモア・ホフマンです。映画デビューの『セント・オブ・ウーマン~夢の香り』でも気持ち悪い高校生でした。オスカーを取ったアル・パチーノの次に印象に残っています。その後も気持ち悪い役を次々と見事にこなしていく様は、もう頼もしいような、それいいのかと言いたいような。まさかオスカーを取ることになるとは……感動しているところ、『カポーティ』の予告を見てみると、やっぱり気持ち悪かったです。ま、演技力があるということですね。
 と言いたいところですが、この映画ではヤル気ナッシング。この人が通常の演技をすれば、他の役者全部喰ってしまうほどの存在になるのに、全然存在感ない。まぁそのおかげで、女優二人が光ったわけだから、結果オーライと言っていい……んでしょうかね。

 ラストは、少し何だかなぁと思ったけど、全体としては面白かったです。見に行こうか思案している人は、どうぞどうぞ。ただ、トム・クルーズは相変わらず口が半開きで、頭悪そうでした。これさえなければもっといいんですけどねぇ。
 トムさんも、もう44歳です。アクションもそろそろ限界でしょう。間違いなく『MI4』は作るでしょうから、どうやって老いとアクションを両立させるのか、そこにも注目したいです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006-06-22

サスペンス映画評は難しい。

 校了開け、時間ができたので映画を見に行ったら凄い人。平日なのに!? と思ったらその日は水曜日。レディーズ・デイでした。
 それにしても、映画でレディーズ・デイってどうなんでしょうか。どこか腑に落ちない。フェニミズムの団体さんは、こういうところには突っ込まないんでしょうか。腑に落ちない。

 見に行ったのは『インサイド・マン』。

 出演は、ハリウッドを代表する名優デンゼル・ワシントン! ゴッツイ顔でいい演技、クライブ・オーウェン! ハリウッド1の女優とは私のこと、ジョディ・フォスター! うーん、豪華!! 脇でウィリアム・デフォーが出ているのが、個人的にステキポイントアップ。
 錚々たるメンツの中で一番良かったのは、クライブ・オーウェンでした。彼は犯人役なのですが、殆どの時間、覆面をし、フードを被っています。「目」だけでも見えればいいのですが、サングラスをかけているので「目」も見えない。「顔」が「ない」人間の演技。雰囲気や「間」だけで演技をする。クライブ・オーウェンにとって大きな挑戦だったと思います。そして、彼は成功しました。十分すぎるほど、何を考えているのかわからない犯人、何かを考えている犯人、その場その場で犯人像を作り上げていました。

 銀行強盗が起こるところから物語は始まります。何を狙っているのかわからない銀行強盗グループの動き、解決に向けて奔走する捜査官。何かの意図があり現場に来た弁護士。この事件はどこへ向かっていくのか……。

 サスペンス映画の感想というのは難しいですね。当たり前ですが、ネタバレは厳禁。しかし、「ネタ」の部分こそ書きたいところ。うーーーーーん。
 そういえば宮台真司が雑誌で『メメント』のネタをばっちり書いているにも関わらず、どこにも「ネタバレあります」と書いていなかったので、激怒した覚えがあります。余談でした。

 いわゆる完全犯罪ものです。もはや出尽くしたかと思っていましたが、こんな新しいプロット(筋・構想)があったとは! 人間の想像力って凄いですね。

 監督はスパイク・リー。スパイク・リー?
 なんと、このエンターテインメント全開サスペンスアクション映画を監督したのが、ザ・リベラル野郎、スパイク・リーだったんです。ビックリ。
 ビックリと書いておいて何ですが、確かにスパイク・リーっぽいところは沢山ありました。この作品にその部分は余計な気がするけど、スパイク・リーなら間違いなく入れるだろう、という部分です。それが何か! と書きたいんですがそれもまたネタバレになるわけで……ああ、難しい!

 というわけで、何とも中途半端な感想になってしまいました。とりあえず、良作なのは確かです。特にセリフがいい。何でもない会話がいいと、映画全体が締まります。神は細部に宿る。

 日本でも、こういうぞくぞくするようなサスペンス映画はできないものですかねぇ……何で空回りしちゃうんだろう……。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006-06-05

映画は誰かと見に行きましょう。

 2本ほど見たのでまとめて感想を。

 まずは『ブロークン・フラワーズ』

Photo
 監督はジム・ジャームッシュ。「アメリカ・インディペンデンド映画の若き監督」と言われていたのも過去のこと。今作ではカンヌ国際映画祭で審査員特別グランプリを受賞し、すっかり重鎮になりました。
 主演はいい味出してるビル・マーレイ。『ゴースト・バスターズ』から何十年経ったんでしょう……。脇をジェフリー・ライト、シャロン・ストーン、フランセス・コンロイ、ジェシカ・ラングなどが固めています。ナイス配役。

 物語は簡単です。
 ドン・ジョンストンの元に一通の手紙が来る。それは彼の元ガールフレンドからで、彼には19歳になる息子がいるという。元ガールフレンドと言っても誰なのか分からない。ドンも放っておこうと思ったのだが、隣人のウィンストンの熱心な勧めにより、可能性のある4人の女性を訪ねることにする。

 ビル・マーレイの消極的な抑えた演技がたまらない。ぐっとこらえるテンポで映画は流れていきます。これがもどかしいかどうかで、ジャームッシュ作品の好き嫌いが別れるでしょう。
 さらに今作はどっちつかずの、観客に丸投げするような結末ですから、これも好き嫌いが別れそうですね。私は嫌いじゃないのですが、今回はうーむ……。
 私はジム・ジャームッシュ作品は好きだし、いいとも思うのですが、同時に「あと一歩足りない!」といつも思います。合わないってことなのでしょうか。


 続いて、『間宮兄弟』

Photo_1
 原作、江國香織。監督、森田芳光。
 出演、佐々木蔵之介、塚地武雅、常盤貴子、沢尻エリカ、北川景子。

 兄・明信と弟・徹信の間宮兄弟は、マンションで2人暮らし。一緒にご飯を食べ、野球観戦で熱くなり、ビデオを観ては涙する。もういい大人の2人だけれど、仲の良さは子供の頃と全く同じ。ある日、彼らは行きつけのレンタル屋さんの店員、直美ちゃんと、徹信の務める小学校の依子先生を誘ってカレーパーティーを開くことを決意。頑張って彼女たちに声をかける。

 江國香織の作品の雰囲気というか、空気がちゃんと映像化されていた。さすが森田芳光。ただ、「予想通り期待通りで、それ以上でなし」という気もした。あまりに多くを望むのもなんですけど。

 物語は、間宮兄弟の生活、です。(まとめすぎか?)

 毎回一人で見に行くのですが(淋しいって言うな!)、今回は連れがいました。

 その連れの感想は「ああいう風にはなりたくない」というもの。
 間宮兄弟は、二人で住んで、二人で遊んで、二人で女性をパーティーに誘ったりする。しかし、実際のところ、あんな“変な”兄弟のところに、美人がひょっこり来ることもないだろうし、そうそううまくもいかない。連れは、結婚して子供が作って家庭を持つ、という人生が是だと思っているから、この兄弟の光景はちょっと嫌だと思ったそうだ。

 では、私はといえば。
 この間宮兄弟のエピソードは初めてではないと思います。つまり、彼らが生きてきた中でこういったことは何回もあって、その一部に過ぎない、と。彼らは確かに二人で心地良い場所にいる。でも、それに安住しているかといえばそうではなく、映画のように気になる女性にアピールもするし、デートも誘う。アタック(死語?)もする。そのたびに玉砕するし、事件や修羅場に巻き込まれるし、「もう兄弟がいればいいよ!」と思うけど、また気になる女性を見つけては繰り返す。そうやって間宮兄弟は生きていくんじゃないかなぁと思いました。

 この二つの映画は、「過去はどうでもいい。未来はわからない。だから、大切なのは”現在”なんだよ」(by ドン・ジョンストン)というテーマで繋がっているような気がしました。

 それにしても、誰かと行くと、感想・意見を言い合うことができて、楽しいですね。たまには誰かと行こう……(淋しいって言わないで!)。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2006-05-24

おやすみなさい、そして幸運を。

 323374view0021

 何度もこの書き出しで申し訳ありませんが、お久し振りです。
 うだうだ書くのはやめて、早速映画の感想を。

 冷静な、そして公平な話し合いができない相手との論争ほど虚しいものはありません。しかも、相手が上院議員という権力者だったとしたら、さらにやる気は起きないでしょう。しかし、この男は立ち向かった。

 『グッドナイト&グッドラック』
 

1953年、アメリカ。米ソ冷戦下、マッカーシー上院議員が率いる委員会は、国内の共産主義者を根絶やしにしようと躍起になっていた。彼らは政府から軍部、ハリウッドまで、根拠の有無に関わらず、共産主義者とみなした者を次々に告発。数千人が地位や職を追われ、自らのために密告する者もいた。
 マスコミも例外ではなく、報復を恐れるために何も報道しない。そんな中、大手テレビ局CBSの人気キャスター、エド・マローとプロデューサーのフレッド・フレンドリーは、マッカーシーの虚偽と策謀の事実を、看板番組『シー・イット・ナウ』で報じる事に踏み切った。

 長い物語紹介ですみません。しかし、マッカーシーイズムについて知らないと、この映画はさっぱりわかりません。事実、映画が始まる前に、日本語で説明テロップが流れました。あれはおそらく配給会社の配慮でしょう。多くの日本人にはいきなりマッカーシーの話をされても、チンプンカンプンじゃないかと。

 監督は、今や「ハリウッドの兄貴」ことジョージ・クルーニー。監督二作目です。いい監督になりつつあります。
 過剰な演出が多いハリウッド映画の中で、この映画は逆にシンプルに描かれています。まず舞台が、ほとんどCBS社内と番組放送シーン。
 
 鋭く動くスタッフの目線。
 一分一秒を伝えるプロデューサー。
 緊張を決して外には出さずに番組を進行していくマロー。
 しかし画面には映らない足元は震えていた。

 さらに、マッカーシーの映像は当時流れていた本人の映像です。それが更に緊迫感を出しています。
 セリフは厳選された言葉を使い、無駄がない。物語は決してドラマティックにも、エンターテインメントにもならずフラットに進んでいきます。
 モノクロの画面は美しくスタイリッシュ。局内での生演奏として流れる音楽もステキ。ひと言でいえば「粋」です。オシャレというより「粋」。
 何より際立つのが煙草と煙。
 マローはヘビースモーカーで四六時中煙草を吸っていました。番組内ですら吸い続けているのです。まぁ『シー・イット・ナウ』が煙草会社の提供している番組だから、というのも関係しているでしょうが。とはいえ、「煙草は害悪である」という考えが蔓延しているアメリカで、よくいまこういう映画を作ったものです。
 これがまたもの凄く格好いい。(ちなみにマローは肺がんで、亡くなりました)

 タイトルの「グッドナイト&グッドラック」は、マローが番組最後にいつも言う挨拶です。「グッドナイト」、そして少し視線をずらして「グッドラック」。かっこいーーーんですよ、これが。

 この映画はジャーナリズムについて、そしてテレビ報道について描かれています。ジャーナリストが考えるべきこと、ジャーナリズムの危険性。
「公平な報道などない」
 とよく言われます。映画内でマローも口にします。
 では、一体報道とは何なのでしょう? 事実を伝える、客観的に伝える、公平に伝える、正義を伝える……様々な考えがあり、そのどれもが正しいようで、間違っている気もします。マローたちが伝えなければならないと思ったこと(マッカッシーイズム)は、確かに間違ってはいなかった。しかし、その失脚したマッカーシーは近年再評価の声が上がっているそうです。
 
 彼らは文字通り「世界を変えた」放送をしました。世界を変えることがどれだけ難しいか。いや、それよりもっと単純に、「報道」という行為、「伝える」という行為、がどれだけ難しく重要であるのかが、この映画を通じ「伝わって」きました。

 映画は、報道番組協会で行われたマローのスピーチで幕を上げ、そして幕を下げます。全文引用したいくらいの名スピーチですが、それは映画のクライマックスでもあるのでやめておきます(ちなみに、パンフレットに全文掲載されてしまっているので、パンフレットは見終わった後に購入なさるのがいいと思います)。

 煙を吐きながら壇上に立つマロー。
 テレビ、放送業界の現状を痛烈に批判、未来を憂い、それでもテレビの可能性を語ったマロー。
 そして、いつもの挨拶で結ばれた。

「グッドナイト、そしてグッドラック」

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006-04-03

おにぎり食べたい。

 再び初日に見に行きました。初日といっても、その映画館で上映されるのが初日ということで、映画自体は違う映画館でもう公開されていました。だから、初日の初回でも混んでいないだろうと思って出かけましたら、ところがどっこい(この表現も古いなぁ)、既に100人近くのお客さんがいました。何がなんだか、世間の流れがわからない川島です。それって編集者としては致命的な気もします。

 見に行ったのは『かもめ食堂』です。

 フィンランドのヘルシンキ市で「かもめ食堂」という日本食の食堂を経営しているサチエ。しかしお客さんは全然来ず、唯一のお客さんは日本かぶれのトンミだけ。彼からガッチャマンの歌を聴かれ、思い出せずアタマの中で「誰だ、誰だ、誰だ」がリピートする。そんな時に本屋でミドリを見かけ、思い切ってガッチャッマンの歌を知っているかどうかたずねてみる。

 文章にすると、なんてヘンテコリンな出だしでしょう。キーになるのがガッチャマンの歌という物語。
 監督・脚本は『バーバー吉野』の荻上直子。出演は小林聡美、片桐はいり、もたいまさこ。他に『過去のない男』のマルック・ペルトラも出ていて、この配役、好きな人にはたまらないでしょう。

 原作は群ようこ。原作を読んでみたのですが、この作品は映画の方がいいと思いました。極稀に原作を凌駕する作品もありますが、基本的に映画化したものは原作を越えられない、と思っています。
 文章で読んで自分が想像した世界が映像化されることにより、一つのイメージに固定されて、どうしても自分のイメージとの違和感が生じてしまうからです。
 もう一つ、何百ページと展開していく小説を、わずか2時間ほどにまとめてしまうのですから、どうしても言葉足らず、濃さ不足になってしまう。
 ところが、『かもめ食堂』は、その描ききれないところを最大に利用しています。つまり、説明できないのなら全く説明しない、という演出。「まぁ、別に全部を知らなくたって、いいんじゃない?」という気持にさせるのは、監督、脚本、つまり荻上直子の手腕でしょう。
 
 やりたくない事はせず、「大丈夫、多分」と言いながら日々を過ごす。 とりあえず美味しいものを食べながら考えよう。
 「人はみんな変わっていく」からこそ、まだ変わっていない現在を楽しむ。
 大きなテーマはありません。メッセージもありません。絶望はないけれど、希望もありません。ただ日常を切り取っただけの映画。ただそれだけなのに、何故これほど力強く、ほっとさせて、笑えて、幸せな気持にさせてくれるのでしょうか。
 『メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬』とは違った意味で、いい作品です 。

 終わった後に食べたくなったのは勿論おにぎり。こんな食堂が近くにあったらなぁと思わずにはいられない。そんな作品です。日頃の生活に疲れている人(そうじゃない人にも)(結局、全員ですね)、お薦めです。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006-03-23

たしなむ程度にツイストを。

 更新しているのは小島GMと私だけ。野球と映画。どんな雑誌のブログでしょう。

 話は変わりますが、最近「映画館は常に激混んでいる」というイメージが頭の中にあって、どんな映画でもやたらと早めに会場に入ってしまいます。もの凄く込む映画なんて昨今ではハリウッド大作か純愛映画ぐらいで、自分が好んで行く映画はそんなに混まないジャンルなのに、です。
 この映画きっと混みまくりだ!と思い込み、もの凄く早く行き、席は好みの席を獲得できましたがガラガラでした。うーん。
 
 今回見に行ったのは『ウォーク・ザ・ライン』です。
 主演は、「兄貴が伝説の俳優、リバー・フェニックス。演技力イマイチだけど今回は頑張った」ホアキン・フェニックスと、「あごはしゃくれているけど、今もっとも輝いている女優」リーズ・ウィザースプーンです。ウィザースプーンはこの映画でアカデミー賞を取り、何でも女優として一本あたりのギャラがジュリア・ロバーツを越えたらしいです。

 内容は、ジョニー・キャッシュという実在したミュージシャンの話です。エルヴィス・プレスリー、ジェリー・リー・ルイスなどがいた、古き良きロックンロールの時代。思わずツイスト。でも、正直に言えばホアキン・フェニックスはジョニー・キャッシュよりもエルヴィス・プレスリーの方が似ている気がしました。いや、プレスリーよりも、ザ・スミスのモリッシーでしょうか……。知らない方は検索してください。

 主演の二人は、実際に歌っていてこれまた上手い。楽曲もいいものが多いので、聴いていて楽しかったです。
 ただ、いかんせん物語が普通です。

 少年時代は貧乏の底にいて、寝ても覚めても音楽のことばかりを考え、あるキッカケでデビューして、ドンドン売れていき、トップになったもののそれにより自分自身を見失い、酒とドラッグに溺れていく……。
 これはよくあるミュージシャンの話です。ジョニー・キャッシュはこの後、きちんと更正して長生きしました。ローリング・ストーンズやエアロスミスのようにドラッグから更正したミュージシャンはたくさんいますけど、映画としてはちょっと弱くなってしまいます。

 例えば、シド・ヴィシャスの様に恋人のナンシー・スパンゲンを刺殺し(とされている)、逮捕されるものの釈放され、その後もスキャンダラスな行動をし、ナンシー殺害から3ヶ月後に「ナンシーが待っている」と残し、ドラッグの過剰摂取で死亡したとか(映画『シド・アンド・ナンシー』)、カート・コバーンの様に、音楽が好きな田舎の少年があっという間に時代の寵児になり、それによって自分自身を見失い、精神病になり、ドラッグにはまり、最後は猟銃で自分の頭をぶっ飛ばしたとか(映画『ラスト・デイズ』)。
 
 まぁ、別に激しいドラマがなくてもいいんです。ただ、この映画はちょっとどうかと思う部分があるのです。
 それは、ドラッグから回復するのが「愛の力」だということです。つまり、映画のテーマが「最愛の女性と結ばれること」なんです。それが妙にアメリカ的というかハリウッド的というか、なんだかなぁと思ってしまいました。そりゃ愛しい人がいるというのは力になると思うのですが……。簡単過ぎませんかね、と問いかけたくなってしまいました。

 音楽はとてもよかったんですけどね。
「ジョニー・キャッシュのCDを買えばいいんじゃないか?」
 という声が聞こえてきそうですが、反論できないのでスルーさせていただきます。


 同じ時期に『メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬』も見に行きました。

 トミーリー・ジョーンズが監督・主演です。脚本は『アモーレス・ペロス』『21グラム』のギジェルモ・アリアガ。カンヌ国際映画祭で最優秀男優賞と最優秀脚本賞を受賞した作品です。タイトル、キャストからしてもの凄く私好みなので、期待していきました。
 
 果たして、期待通りどころかそれを上回る作品でした。
 もの凄く深遠なテーマを、時間が前後する脚本で、落ち着いた演出で、物語として展開していく。トミーリー・ジョーンズは初監督作品にして、映画史に残る作品を作ったことだけは間違いありません。

 こちらの感想も書こうと思ったのですが、うまく言葉にできませんでした。

 約束、友情、尊厳、成長、理解、土地、国、男、女、愛、憎、生、死……。

 万人受けはしないかもしれませんが、とにかくいい作品です。少しでも興味ある方は見に行ってください。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006-02-22

成長しなかった少年。

 間をあまり空けずに(同じ人間が)更新ですよ。

 今回は『オリバー・ツイスト』を見に行きました。あのおすぎさんが「60年生きていてよかった!」とCMで言っている作品です。
 
 監督は、『ローズマリーの赤ちゃん』が大ヒット、結婚したシャロン・テートはチャールズ・マンソンにより惨殺され、その後自宅で13歳の少女を強姦した容疑で逮捕され、保釈中に映画撮影ためヨーロッパに渡り、そのまま逃亡しちゃって、『戦場のピアニスト』でアカデミー監督賞を受賞するんだけど、逃亡犯としての罪はまだ適応されているため(実刑で50年とか)式場に姿を見せなかった、ロマン・ポランスキー(前置き長いな)。
 出演している俳優はよく知りません。まぁ少年が多いのでデビューしたての子ばかりじゃないかと。私の無知というのもあるんですが。
 原作はチェールズ・ディケンズです。

 9歳(10歳?)のオリバー・ツイストは孤児。救貧院にいたが、夕食の席で「おかわり」を求め、救貧院を追放されてしまう。そしてロンドンまで歩いていき、そこである少年に出会う。

 というのが物語です。19世紀のイギリス(ロンドン)が舞台なのですが、19世紀のイギリスというのはこんなにひどい状況だったんでしょうか。1960年代はひどかったというのは知っていますが……おかわり求めただけで「彼はいずれ絞首刑だ」と大人が軒並みクビを振り、追放されてしまうなんて……。

 CMを見た限り、「感動超大作」的なニュアンスで宣伝していますが、正直ピクリとも感動はしませんでした。というか、感動する映画じゃないです、この映画。

 少年が主人公の映画のパターンとしては、少年が様々な事件に会い、様々な人と出会い、裏切られ、助けられ、事件を解決しながら成長していくものがよくあります。
 ところが、このオリバー少年は成長というものを全くしませんでした。登場してから終わるまで、彼は一貫して同じです。身の回りで起こる事件に翻弄され続けていました。だから、オリバーというのはどういう少年なのか、イマイチ印象が弱いです。何故おすぎさんが「オリバー少年に会えてよかった」と言っているのかよくわかりません。

 誰もハッピーにはなっていないし、オリバー少年以外も誰も成長していない。誰も(ある意味)助からないし、晴れやかな気持にはなっていない。
 だからといって後味が悪いわけではありません。後味が悪いというより、何か苦い薬を飲み込んだ後、とでも言えばいいんでしょうか。うまく言葉にできません。
 
 19世紀のロンドンの風景は見事に(といっても本当の光景を知りませんが)作り上げていましたが、人物描写にもっと力を入れて欲しかったです。少々不完全燃焼、といったところ。そうすれば、更に面白くなったのではないかと思います。

 映画を見終わって、原作を読みたくなり、買いました。
 それがいいことなのかどうかはわかりません。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006-02-20

戦争なんてクソ食らえ。

 ついに他の編集部員が書き始め、ほっと一安心したら再びピタッと止まってしまった。一気に更新せずに分けてやってほしかったです。
 といいつつ、私も一回だけしか更新しておりません。<毎週一本映画を見る>と言っておいてこの体たらく。申し訳ありません。言い訳をさせていただけると、風邪をひいてしまい、映画を見にいけなかったのです。といって、回復して見に行ったのも結構前なので、結局は怠慢です。すみません。

 気を取り直して映画感想を。
 今回は『ジャーヘッド』です。

 『N.Y.タイムズ』が戦争文学の最高峰と絶賛した海兵隊員のベストセラー回顧録を映画化したものです。18歳の少年が海軍に入隊し、湾岸戦争下のイラクに派遣されるが、戦いはなく演習と待機、そして暇つぶし……。

 監督は『アメリカン・ビューティー』でオスカーを獲得したサム・メンデス。出演はジェイク・ギレンホール、ピーター・サースガード、ルーカス・ブラック、クリス・クーパー、ジェイミー・フォックスなど、派手さはないけど渋くて良いキャストです。
 タイトルの「ジャーヘッド」とは、ポットのように刈り上げた頭=頭が空っぽの海兵隊員という意味。海兵隊員の目から見た戦争が描かれています。

 戦争映画にはよく「この映画にはリアルな戦争が描かれている」「戦争の真実の姿がここにある」といった謳い文句が使われます。
 実際に戦争に行ったことはないので、リアルなのか真実なのかは判断できませんが、戦争映画の場合、いつも“戦争”そのものとは違う要素で腑に落ちないことがあります。
 それは何が善で何が悪か、です。
 ことアメリカは戦争を描く時は、自分たちをヒーロー化させるか、内部告発的に糾弾するかです。それが、何だかさめてしまうというかそんな気持ちにさせるのです。

 余談ですが、私は『ブラックホーク・ダウン』を見た時、激怒しました。
 これは1993年のソマリアの内戦に軍事介入したアメリカ軍による強襲作戦が民兵の攻撃によるヘリ墜落によって、泥沼の悪夢の市街戦に発展した時の話を映画化したものです。
 監督のリドリー・スコットはインタビューで「私は中立の立場でこの映画を作った」と言いました。
 見てみると、ややアメリカ寄りの視点ですが、これは仕方ないと思います。本当の中立的な視点というのは不可能だからです。それなりに中立で、迫力もありなかなかの良作だと思いました。
 ところが映画本編が終わりスタッフロールの流れる前、あるものが画面に映りました。
 それはその戦いにより死んでいったアメリカ兵の氏名リストでした。
 「何だこれは?」と私は思いました。そんな風に死んだ兵士を美化するような演出は、まるでアメリカが善でソマリアが悪といった様なものじゃないか。ソマリアの人々が何人死んだと思っているんだ。
 この強襲作戦により、内戦にどういう影響を与えたのか。この作戦がなかったらもっと泥沼になっていたのか。それはわかりませんし、この映画には関係ありません。
 リドリー・スコットが「中立」だと言うのなら、亡くなったソマリアの人々の名前も書くべきだったのではないか。表現者としておかしいじゃないか。
 そしてそのことについて、映画評論家は誰一人言及していない。それで更に怒りが倍増してしまい、リドリー・スコットに対し悲しい気持を持ちました。好きな監督だったのに……と。
 
 余談が長くなりました。
 要は善悪の要素が入ると気持が萎えるということです。『地獄の黙示録』は「戦争中に一人の男が一人の男を殺しに行く」という個人映画なので、面白く見ました。
 さて、『ジャーヘッド』はどうだったか。
 先に書いた通り、海兵隊員の目から見た戦争の姿です。そこには善も悪も、戦争の正体も何もありません。あるのは“戦争”そのものだけでした。
 奇しくも映画のワンシーンにこういうシーンがあります。ある兵士が「この戦争はアメリカが云々」というと、上官が「そんなことは俺たちには関係ない。俺たちはイラクにいるんだ」と言います(そのままではないですがニュアンスはこうです)。
 兵士にとって戦争というのは、敵に勝つことであり敵を殺すことに他ならないのです。戦争の原因も、何が善で何が悪かも関係ないのです。よく言われる“バーチャル感覚”“ゲーム感覚”なんてものとは程遠い、「ただ敵を殺す」ことだけを待ち、考え、実行する、異常過ぎる世界。
 それこそが戦争の正体なのかもしれません。そして、そんな異常な世界を作っていいのかどうかという是非を問うなら、間違いなく非です。
 理由原因経過結果、その時その時でいろいろあると思います。しかし、戦争という現象に対しては、ただ一言、心より「戦争反対」。そう思った映画でした。

 感動映画ではありません。アクション映画ではありません。テーマもメッセージも希薄です。しかし、とても良い作品でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006-01-21

今年も映画を見るのです。

 明けておりました、遅すぎるおめでとうございます。
 今年もまったりと更新していく『WiLL』ブログ。やはり最初は私のようです。

 今年に入り映画を2本見ました。その感想を簡単に書きます。

 まずは『Mr&Mrs スミス』。
 新年一発目には、アタマを空っぽにして楽しめるハリウッド大作にしました。
 ブラッド・ピットは40歳になってもセクシーで、人形みたいなアンジョリーナジョリーも凄くて、しかも私生活でもできちゃって、ブルース・ウィルス、デミ・ムーア夫婦に次ぐ最強カップルが出来上がりました。この夫婦はいつまで続くでしょうか……。
 映画自体は、この二人を使っているんだからもう少し面白くできたんじゃないかなぁ、と思いました。「あと一歩あったら大満足な娯楽大作なのに」と言ったところです。

 二本目はウッディ・アレン『僕のニューヨーク・ライフ』。
  『ギター弾きの恋』や『さよならさよならハリウッド』が異様に混んでいたので、今回もそうだと思って初回を見られる時間に出ました。次の回の整理券をもらえればいいやと受付に行ったら、意外と空いていたので結局初回を。宣伝が少ないと、ウッディ・アレンでもこんなもんなんでしょうか。 CMに踊らされる。

 さて、映画はというと……。
 うーん、物語は正直イマイチでした。どれが主軸かはっきりしないし、展開も面白くない。
 ただ、セリフが最高に良かったです。主人公がコメディ脚本家なのでジョークがやたら出てくるが、それがいちいち面白い。一つここに挙げたいけど、それじゃあ観る人の楽しみが減るので自粛。
 ま、ウッディ・アレンファンなら楽しめるのではないでしょうか。ファンの私は満足です。
 噂によると、この映画でウッディ・アレンはニューヨークを離れるそうです。生粋のニューヨーカーがニューヨークを離れ一体どんな映画を作るのか。今から楽しみです(もう何本か作っているという話も聞きます)。

 ざっとこんな感じで。
 1月28日から面白そうな作品がいくつか上映されます。毎週一本くらいは新作を見て、ブログを書くように頑張ります。
 
 では、今年も宜しくお願いいたします。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2005-12-13

ようこそ、奇妙な世界へ。

 相変わらず誰も書かないわけで。
 「書いてください!」と編集部の真ん中で叫んでみたわけで。
 まぁいいです。
 
 さて。
 しばらくメジャーな作品が続いていたので(いました?)、今回はちょっとマイナーな映画を見に行きました。『ロバと王女』という作品です。

 もしかしたらタイトルは聞いたことがある方もいるかもしれません。原作は「シンデレラ」を書いたフランスの童話作家シャルル・ペローの作品です。原題は「ロバの皮」。
 監督はジャック・ドゥミ。名匠といっていいでしょう。『シェルブールの雨傘』『ロシュフォールの恋人たち』など、独特のフレンチ・ミュージカル作品を作りました。1978年には池田理代子の『ベルサイユのばら』を映画化しています。未見なのでどういう作品なのかはわかりませんが、気になるところです。
 音楽はドゥミとコンビを組んで数々の珠玉のナンバーを作り上げたミシェル・ルグラン。ちなみにまだ生きています。
 この二人が組んでいるので、当然この作品もミュージカルです。

 はい。
 ミュージカルと聞いて眉をひそめた人、嫌悪感を抱いた人、おそらく少なくないと思います。タモリを代表として、ミュージカル嫌いの方は結構いると思います。普通に物語が展開していたのに、急に歌い踊りだすのに違和感を覚えるからでしょう。何を隠そう、私がそうです。嫌いとまではいかないまでも苦手です。
 しかし、それでもなおドゥミ・ルグランの作品はオススメできます。なんといっても歌がいい。前述した『シェルブール』『ロシュフォール』は最高です。一度でいいから見て欲しい、聞いて欲しいです。

 この映画はビデオでもDVDでも発売されていない作品です。デジタル・リマスター版。最近の映画技術の進歩が感じられます(それでも色がちょっとおかしかった気がしますが)。
 主演はカトリーヌ・ドヌーブ。言わずと知れたフランスを代表する大女優、の若かりし頃。今は妖怪(褒め言葉)みたいですが、この頃のかわいいこと! それでも計算すると27歳ですから、やはり妖怪です。ちなみにドヌーブは『シェルブール』も『ロシュフォール』も主演です。これまたかわいいので是非。

 物語ですが……なんと言っていいのやら。オフィシャルサイトから引用すると、

宝石を生むロバのおかげで大変裕福な王がおりました。 しかしお妃が「私より美しい女性と再婚して欲しい」と遺言を残して亡くなってしまいました。 お妃より美しい女性はこの世にただ一人、王女だけ。 王は王女に結婚を申し込みます。 困った王女はロバの皮に身を隠し、姿を消してしまいます。 家畜の世話係として暮らし始める王女。 正体を知らずに王女に一目惚れする王子。 幸せをつかむために王女が考えた、恋の魔法とは…。

 サラリと書いていますが突っ込みどころ満載です。
 まずファンタジーなんだから「宝石を生むロバ」がいてもいいけれど、何で再婚相手が自分の娘やねん。それで、何で「ロバの皮に身を隠」すねん。
 まぁこの後もいろいろ言いたいことが起こります。起こるんですけど、その頃は見ている方もその奇怪な展開、世界の住人になっているので問題ないでしょう。実際、私は受け入れてしまっていました。
 この非常識極まりない物語、世界観を受け入れることができたのは「慣れ」以外にも理由があります。それは“色”です。
 映画を見ていただけないとわかりにくいかもしれませんが、かなり独特な色彩感覚で画面は彩られています。一歩間違えれば悪趣味になりかねない、ギリギリの色彩により、受け入れ態勢が整えられた気がします。

 なんやかんやと書きましたが、よい作品でした。しかし、個人的にはルグランの音楽はそれほどいいとは思いませんでした。
 もし興味を持った方がいたら、先に『シェルブールの雨傘』『ロシュフォールの恋人たち』を見るのをオススメします。こちらはまだ奇怪な物語ではありませんし。

 いやぁ改めて思い出しても……凄い話です。よくこの物語を映画化(しかもミュージカル)しようと思ったものです。完全にやりきったからこそ面白い作品になったんでしょう。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2005-11-28

最近見たもの。

 お久し振りです。
 誰も書いてませんね、この編集部ブログ。「自分が書かなくても誰かが書くだろう」とみんな思っていたんでしょう。反省。

 いつもの通り、映画感想です。『イン・ハー・シューズ』

 監督はカーティス・ハンソンです。『LAコンフィデンシャル』や『8マイル』など良作を作っています。特に『8マイル』は、エミネムというHIPHOPのスターを主役にしながらも、ただのスター映画ではなく、ラップバトルという“競技”をリアルに(実際に観たことないのでリアルと言っていいかどうかわかりませんが)描いていました。さながらボクシングの試合のようなバトルシーンは一見の価値ありです。

 主役はトニー・スコットとキャメロン・ディアス。
 写真などはそうでもないが、銀幕上では超かわいいキャメロン・ディアスが美人だが頭カラッポの妹を、トニー・スコットが弁護士で色気のない姉を演じる。どちらもぴったりです。特にキャメロンは今まで一番いい演技をしていたと思います。それにものすごくかわいかったです。このかわいさだけでご飯何杯かいけます。

 とても地味なお話でした。
 決して特別ではない一組の姉妹の日常のひと時である。
 派手なドラマは起こらない、大げさな感情表現もない。出てくるセリフもよくある言葉を使っている。
 しかし、だからこそやたらと心に沁みました。
 どの問題も解決しない。決着もついていない。誰も成長しない。
 ただ、ほんの少し、誰もが、全てのことが前に進んでいる。それはまさに「私達の生きている人生」そのもののような気がします。

 多分姉妹とか家族とか、そういったことがメインテーマなんだろうけど、そういうテーマはあまり見えず、上記のようなことが印象に残りました。
 男性と女性で個人差あるかもしれません。姉妹がいるいないでまた変わるかも。

 良い映画でした。個人的には今年ベストに近いです。

 追記といってはなんですが、『TAKESHIS'』も見ました。
 
 個人的にはとてもとても面白かったのですが、ちょっと「北野武のマスターベーション」的な映画だと思ってしまいます。彼の映画をいくつか見ていて、好きな人じゃないとオススメはできません。
 私は北野武映画が大好きで、語れば長くなるので詳しくは書きません。書き始めたら論文になっちゃうので。

 もう少し頻繁に更新できるように頑張ります。というか、他の人たちも書いてください。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2005-10-04

だから人生は面白い。

 久し振りに映画を見に行きました。

 『シンデレラマン』。

 個人的には宣伝がとてもうまいと思いました。
 映画監督代表・井筒和幸、演劇代表・蜷川幸雄、伝統芸能代表・中村勘三郎、おしゃれ代表(?)・はな。
 映画でも本でも、よく「オマエに推薦されてもピンと来ないんだよ!」という人が推薦文を書いていたりしますが、この場合、各分野でそれなりどころかトップクラスの人たちのコメントですので、かなり重みがあると思います。

 俳優陣は、ちょっと鼻につくぐらい演技がうまいラッセル・クロウが主人公を、その妻にこれまたうまいレニー・セルヴィガー。監督はロン・ハワード。

 物語は、ボクサーとして華やかな戦歴を持つジム・ブラドック。しかし全盛期も過ぎ、ライセンスを剥奪されてしまう。時はアメリカ大恐慌。日雇いの仕事をしながら妻や三人の子供たちと暮らしてしたがその生活は貧しく、食べ物を買うことさえもやっと。そんな中で、お金のために一試合だけのカムバックを果たすのだが……。

 展開の先は読めます。感動物語として終わります。同じ(というわけではないけど)ボクサー映画の『ミリオンダラー・ベイビー』とは随分違います。
 とはいえ、この映画は実話が元です。フィクションだとしたら「こんな都合のいい物語なんかない」と言われるでしょう。しかし、本当にあったんです。 そう思いながら、ブラドックの快進撃を見ていると、胸躍るものがあります。
 なかなかの良作です。こういう実話映画の中でもトップクラスな気がします。特に演出が良かった。変な演出をせずに、映像で見せようとしている。
 同じノンフィクション・ボクサー映画で、マイケル・マン監督、ウィル・スミス主演『ALI』がありますが、この映画より数倍いいです。ウィル・スミスはいい演技をしていたし、あの伝説の試合ですから内容もいい。でも、ボクシングシーンの演出が駄目でした。妙に音楽が大きく、効果的に使おうとして、それが逆に邪魔でした。ボクシングに限らずスポーツシーンを描くときに、下手に音楽を使うとスリルが減ります。
 それに比べて『シンデレラマン』は、ボクシングシーンはボクシングで発生する音と歓声のみで演出されていた。私が見た映画館だけかもしれないけど、歓声がひときわ大きく、それで試合に感情移入できました。
 あと、個人的には、セリフ、トークが気に入っています。粋だな、とニヤリとする部分が何箇所かありました。
 ニヤリ。

 私はひねくれ者なので、「感動なんかしないね! 面白くないね!」と思っていたのですが(じゃあ何で行ったんだよ)、意外や、楽しめました。結構オススメです。
「感動ものなんか、俺は見ないね!」
 という方も下手に構えず心をフラットにして見ると楽しめるんじゃないかと思います。

 それにしても、この映画が本当にあった話とは……いやはや、人生は面白いですねぇ。

| | コメント (2) | トラックバック (2)

2005-08-09

ヒトラーという男。

 ヒトラー ~最期の12日間~

 「世界震撼。全てを目撃した秘書が今明かす、衝撃の真実」
 というコピーがオフィシャルサイトにデカデカと出てきます。最期の2年間秘書をした女性が語っているので、確かに真実の姿なのかもしれませんが、実際映画を見てみるとそんな印象は受けません。「真のヒトラー像」という衝撃的なものではなく、生々しい「人間・ヒトラー」と「ドイツの敗北」が描かれています。

 映画は面白い、というより重苦しいです。
 地下基地に閉じこもり、いつか逆転をと考えているヒトラーと軍部。それに反比例するように最悪に向っていく地上の市民。終われない、終わらせられない、終わりたい、終わってくれ……戦争という状況に疲労しきって、軍の中でも終わりたいと思う者が現れ始めても、なお突き進もうとし、やがて破綻を迎えるヒトラー、そしてドイツ。結局、何が残ったかといえば、何も残りはしなかった。

 日本映画で、ここまでフラットに、真正面からあの大戦を描いた映画はないと思います。というか、作れないと思います。それは、日本には「天皇」という最大のタブーがあるからです。我々日本人が本当にフラットな気持ちで「天皇」という存在を真正面から作品として描けるのか。難しい問題です。何だか別の話が始まりそうなので、これは置いておきます。

 素直に楽しめる映画ではないです。事前の知識がないと誰がどんな人やらサッパリかもしれません。しかし、こういう映画を見てゆっくりと戦争や自国について考えるのも、またいい映画の見方だと思います。役者もかなり力の入った演技で、その点でも見ごたえ十分。力作、という言葉が似合う映画です。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2005-07-26

心、弱すぎ。

  『スター・ウォーズ エピソードⅢ シスの復讐鑑賞。

 ようやく見ました、『スター・ウォーズ』
 それほど「スターウォーズ」シリーズに思い入れはありませんが、ダース・ベイダーを大画面で、あの曲と共に観ることができると思うとわくわくし、かなり楽しみではありました。

 「シリーズ中最高!」「よかった!」「感動した!」
 という感想が入り乱れている中で言うのも何ですが、正直ガッカリと言わざるを得ません。観る前の期待が大きかったからかもしれないが、「こんなもん?」という思いが強いです。
 
 アナキン・スカイウォーカーがフォースの暗黒面に落ちてダース・ベイダーになるという、既に知られている結果に対してどう物語を展開するか、特に重要なアナキンが暗黒面に陥ってしまう“理由”。
 その“理由”が、私としては「え? そんな理由で?」というものだったのです。簡単に書けば“愛”なわけですが、いくらなんでもそれだけで今まで信じていたもの全てに背を向けるのか? いや、わかりますよ、気持ちは。わかるけども……単純過ぎるというか。細かく突っ込むとネタバレになるので書きませんが、いくらなんでもちょっと弱いんじゃないかと思いました。 あれだけで暗黒面にいくなんて、アナキン、心弱すぎます。

 もう一つガッカリだったのは、ダース・ベイダー誕生のシーン。
 個人的には、もの凄く大げさに、仰々しく、派手に登場して欲しかったんですが、こちらも弱い。弱過ぎる演出だったと思います。まぁこれは好みです。

 エピソードシリーズはⅡとⅢしか観ていませんが、Ⅱに比べれば数倍面白かったですね。Ⅱでアナキンとパドメがお花畑で追いかけっこした時はどうしようかと思いましたが、あれも(とても大きな意味で)複線というか、演出に一つだったんでしょうね。この後、旧作(エピソードⅣと言えばいいのかな?)を観たくなりました。
 ただ、自分の中ではランキングは低いです。

 と、感想を友人に言ったら、
「ファンが喜んでる部分はおそらく4,5,6を見ていない君にはサッパリわからなかったのではなかろうか。特に6のラスト付近を観ていないと、3の良さ、アナキンがダークサイドに落ちるあたりの何が良いのかわからないと思う」
 と言われました。
 いえ、私は4,5,6全部見ているんですが、それでも落ちるのは納得できません。

 そもそも、4,5,6を見ていないと面白くない映画というのはどうかと思います。もちろん、シリーズもので、全部見ていないと分らない面白さというのはあると思います。それでも一つの作品として確立されていないといけないのではないでしょうか? 一つの作品で面白く、それでいてシリーズを見ていると更にニヤリ、というのがシリーズ作品のあるべき姿だと思います。「他のを見ていないと何が良いのかわからない」なんて負け犬の遠吠えじゃないでしょうか?

 批判的に書いてしまいましたが、あのクオリティ、映像世界、世界観はやはりずば抜けて、凄い作品だと思っております。

 最大の見所は、今回も大活躍の緑の小仙人ヨーダでした。一家に一匹いるとよさそう。多分素手でも強そうなので、PRIDEにでも出たらチャンピオンでしょう。

| | コメント (1) | トラックバック (1)

2005-06-29

ビートたけしに学べ。

 今回はゲーム、というか暴力表現について書きます。

 まずはこの記事を。
 この『グランド・セフト・オート3』はエグイ演出があるゲームだという噂は聞いております。しかし、それ以上に面白い、という噂をよく聞きます。私は先日『Killer7』というゲームを買いました。ガンアクションゲームです。人が死ぬ描写も出てきますし、血も吹き出ている。案の定、18歳以上推奨です。でも面白いです。ゲームについても語りたいですが、今回は置いておきます。

 先日、15歳の少年が両親を殺害して逮捕された事件がありました。その事件について、いろんなニュースやワイドショーのコメンテーターが、
「“無差別殺人ゲーム”に熱中していたようです、ゲームって怖いですね!」
「そういうゲームをやると残虐性が表に出てきちゃう、ゲームって怖いですね!」
「きっとこの子は現実との区別がつかなくなっちゃったんです、ゲームって怖いですね!」
 と騒いでいました。こういう考え方は楽でいいですね。多分、私が犯罪を起こしたら、今なら前述の『Killer7』をやっていたので、銃を乱射したい傾向があったんだ!となるでしょう。
 さらにゲームのサイトを見たというコメンテーターが、
「感想が書かれていたのですが、“確かにこのゲームをやり終わった直後は、道を走っている車から人を引きずりだしたりしたくなる”とありました……」
 と深刻そうに言っていました。『コーヒー&シガレッツ』の時にも書きましたが、この映画を見てコーヒーを飲みたくなる、『燃えよドラゴン』を見て妙な構えをしながら歩く……などなどしたくなるものです。このコメンテーターはそういう経験がないんでしょうか。映画を見たことがないのか、そこまで想像力がないのか、見てすぐ内容を忘れるのか、この3つの内のどれかでしょう。

 少年犯罪が増え始めてから、その原因をゲームに押し付ける傾向が強くなってきました。JR西の電車事故の運転手もゲーム脳だ!という記事もありました。少女を監禁した青年もゲーム(こちらはアダルトゲームですが)をやっていた影響だとか。
 絶対にゲームに非がないとはいいません。やっている以上、何かしらの影響があるに違いない。しかし、あまりにも短絡的に「ゲームは駄目の駄目駄目だ!」という結論になっている気がします。ゲーム以外でも本や映画やマンガがやり玉に挙げられることが少なくありません。「有害図書」で多くの人の記憶に残っているだろう問題は、『バトル・ロワイヤル』という映画でしょう。中学生が殺しあう、というショッキングな内容のために国やら何やらが非難轟々でした。

 「有害だ!」といって頭からつぶすのが正しいわけがありません。
 子どもに汚いものを見せないように、汚いものを世界から無くす。言ってることは至極まっとうに聞こえますが、結局世の中には汚いものがあるんです。無くなることはない。むしろ、子どもにそういったものを見せて、それがどういうものなのか、どう対処していけばいいのか、教えなければいけないのではないでしょうか。

 前述のコメンテーターたちは、是非ビートたけしのフライデー事件後の記者会見を知って欲しいです。
 ビートたけしがたけし軍団と雑誌『フライデー』編集部を襲撃した事件。事件後、釈放されたたけしは記者会見で記者から、
「人気のある芸能人がこんな事件を起こして、世間の子どもに影響があるとは考えないんですか?」
 という質問をされました。するとたけしはこう答えたのです。
「別にイイコちゃんで売っていたわけじゃない。俺の代わりはいくらでもいる。俺がやったことは悪いことなんだから、親が子どもに『たけしは守るべきものを守ろうとした、ただやり方がまずかったんだ』と言えばいい。それでわかんなかったらその子どもが馬鹿なんだ」
(うろ覚えなので正確ではないかもしれませんがこういうニュアンスの内容です)
 オノレの責任逃れと、オノレの子どもの無能っぷりから逃れたい人間たちにこの発言を捧げます。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005-06-23

いい仕事するね、ジイサン。

 クリント・イーストウッド監督・主演作品『ミリオンダラー・ベイビー 

 アカデミー賞4部門受賞(作品、監督、主演女優、助演男優)したので、さぞかし混んでいるだろうと思いましたが、そうでもなかったです。確かにいい男、女が出ているわけではないし、CMも暗いしこんなもんでしょうか。個人的にはヒラリー・スワンクはステキな女性だと思うのですが。
 最初はコマ劇場近くの映画館で見ようと思ったのですが、チケット売り場に『ガンダム』を見る人の行列ができていました。『ガンダム』ってすげぇ。あまり知らないんですけど、好きな人は好きなんでしょう。 面白いという話はよく聞くので、時間がある時に見てみようと思いました
 
 イーストウッド作品が好きです。西部劇も現代劇も、なかなかの良作が多い。 しかし、前作『ミスティック・リバー』が期待しすぎていたせいか、それほどよくなかった。だから、今回はアカデミー賞受賞したと聞いていても、かなりフラットな気持ちで見る事ができました。
 
 詳しい映画評は、『WiLL』7月号で秋山登さんが評をお書きになっておりますので、そちらをお読みになってください。 私より何千倍的確かつ面白い評です。
 
 それにしてもボクシング、というスポーツは不思議なスポーツだと常々思います。昨今の格闘技ブームとは一味違う位置にある。ただただ殴りあう。それだけなのに、もっと過激な格闘技よりもドラマ性があります。「人間の限界」や「人間の尊厳」を描くスポーツといえば、野球でもサッカーでもなく、ボクシングだと思います。
 
 イーストウッドは超商業主義のハリウッドのど真ん中にいながら、よくこんなシリアスな映画を作れたと思います。イーストウッドが凄いのは、シリアスで良質でありながら、商業的にも(ビッグヒットではなくても)成果を挙げているところでしょう。ヒット作が必ずしもいいとは言いませんが、「ヒット=大勢の人が見ている」ということを考えると、人に見られてなんぼの映画ならヒットした方がいいに決まっています。

 イーストウッドはもう70歳過ぎています。後何本作ってくれるだろう。また西部劇を撮ってくれないだろうか。まだまだ作品を作って欲しいものです。

 余談ですが、吉田真由美さんとお話していて面白かったのが、モーガン・フリーマンが最近映画に出すぎじゃないか?ということ。記者会見にも来ているし、『ミリオンダラー・ベイビー』の時は「笑っていいとも!」にまで出ていました。
「日本に住んでるんじゃないか?」
 ともっぱらの噂です。一時のロバート・デ・ニーロくらい出てます。黒人のジイサンといえばモーガン。そんな気分になりつつあります。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005-06-09

すまねぇな!

 今回はライブ評です。

 エレファントカシマシ ライブツアー"すまねえ魂 2005"  
 5.24(火)  LIQUIDROOMebisu

 まず、何が「すまねえ」なのかよく分かりません。そういうアルバムや曲があるのかといえばありません。さらに「魂」までついちゃった日には意味不明度が全開です。

 エレカシのライブは通常のロックバンドのライブに比べると、ちょっと疲れた会社員の方々が多い気がします。自分もしかり。年齢層高め。

 ライブでメンバーの入場、というのは非常に高揚感があります。が、今回はSEもなくのっそりのっそり入ってきた。高揚しないけどエレカシらしいです。
  エレカシのライブで一番スリリングなのはボーカル・宮本とバンドとのやり取り。リハやってんのか? と思うくらい宮本が自由。あるライブでは歌詞ノートを見ながら新曲を歌い、あるライブでは演奏をドラムが少しトチッタ瞬間マイクを投げつけ、あるライブでは演奏がズレっぱなしだったり。噂によると、昔は観客に拍手もさせない、聞く時は正座をさせていたらしいです。すげぇ。
 この日のバンドはハイテンション。テンション高いがエレカシの場合、客がついていけない。新曲なんていいんだけど絶叫にポカーンとしてしまいました。
 
 印象に残っているのは”昔の侍”という曲です。よく考えればこれも凄いタイトルですね。「今の侍」もあんのか? と突っ込みたくなります。
 なんか妙な展開だったということを覚えています。ラストが終わったと思ったら、もう一度歌詞を繰り返す。これはよくあるライブでの演出の一つですが、突然演奏を止めてアカペラ、ついには語りに入り、急に退場。何が意図だったのか、さっぱり分かりません。観客も唖然・失笑を通り押して大笑い。
 エレカシは、こういう不安定さが面白いです。
 
 完璧なエンターテインメントというのは、計算された演出で楽しませてくれます。それが悪いとは思いません。むしろ、好きです。しかし、不安定だからこその面白さも確実にあるはず。そういう不安定さ、不完全なものを楽しむのもまた一興です。

 エレファントカシマシはライブ会場とインターネット限定でライブCDを発売しています。タイトルは『野音 秋』と『日本 夏』。
 『野音 秋』には副題(?)で「日比谷野外音楽堂ライブヒストリー下巻 」とあります。では上巻は?とオフィシャルHPを見てみたらこうありました。
 「※尚、日比谷野外音楽堂ライブヒストリー上巻の発売については未定です。」
 ウォイウォイ。
 では『日本 夏』はどうかというと、こっちには”歴史前夜”という曲が収録されています。これは『扉』というアルバムに収録されている”歴史”という曲の未完成バージョン。どう未完成かというと、歌詞がほぼ全部鼻歌。未完成をライブで披露するのならともかく、何故にそれをわざわざ限定発売しているライブCDに収録するのか?
 エレファントカシマシ、いろんな意味で目が離せないバンドです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005-05-26

行け伊良部一郎!

 松尾スズキ主演『イン・ザ・プール

 奥田英朗『イン・ザ・プール』の映画化です。これと『空中ブランコ』の2冊は伊良部一郎という精神科医が主人公で、いろいろな精神病(神経病)の人が出てきて伊良部が解決するんですが、そのやり方が無茶苦茶。治療できてはいるんだが、本当に治療する気のなのかどうかもわからない、爆笑キャラ。なかなか面白く、気軽にも読めるしオススメです。
 私はこの本を松尾スズキ主演で映画化することを聞いた後で読んだんで、もう伊良部が松尾スズキにしか見えませんでした。そしてそれが何の違和感もなかったのがちょっと驚きです。。
 なので、映画を観る前もおそらく、予想通りだが期待以上ではないだろうと思っていました。
 果たしてその通りで、物語は原作に忠実。ちょっと構成が面白かったです。
 しかし。
 しかしです。
 松尾スズキ、怪演。
 あまりにも、嗚呼、あまりにもハマリ過ぎ。面白すぎます。予想通り過ぎて違和感がなさすぎて期待を上回った演技。そんなことがあるのか、といえばあるんです。
 演技の上手い下手ではない。松尾スズキ=伊良部一郎なんです。今度テレビで阿部寛(フジテレビ『空中ブランコ』)がこの伊良部を演じるそうですが、阿部ちゃん、君のことは好きだが如何せん今回は分が悪い。勝てないよ。だって、伊良部は松尾スズキなんだもん。
 原作を読んでいない人は勿論、読んでいても松尾スズキを観る為だけに是非。笑います。
 と、私は思ったのですが、私が観た回は満員にもかかわらず笑いがそれほどなかった気がします。横の女性は全然笑っていませんでした。私は大笑いしていたんだが。何故でしょう? 確かにマイナーな“笑い”な気もしますが。なんせ、脚本・監督がシティボーイズのコント作家(演出も)していた三木聡氏ですから。 う~む、万人向けの笑いではないんでしょうか。その辺は見た人に聞いてみたいです。

 この時の映画予告でなかなか面白そうな邦画をやっていました。
 日本映画にちょっと期待してもいいかもしれません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005-05-12

ハリウッドを鼻で笑う。

 ウッディ・アレン監督最新作『さよなら、さよならハリウッド

 説明不要、巨匠の立場ですがそういうイメージはあまりないウッディ・アレンの最新作です。日本に作品が来るのは3年振りらしいのですが、ウッディ・アレンは年に一本のペースで作っています。もっと日本でやってほしい……と思ったら6月には『メリンダとメリンダ』という作品もやるそうです。どうなってるんでしょう?

 物語は、落ちぶれた監督が元妻の計らいで大作映画の監督をする機会を得る。プレッシャーの中、クランクインを目の前に突然目が見えなくなる……というもの。

 はっきり言えば、物語は単純というかかなり乱暴です。取って付けたようなサイドストーリーはあるし、ラブストーリーの部分もご都合な展開。実は、アメリカで上映されたばかりの時に雑誌『CUT』で酷評されていました。なるほど、アレン好きには物足りないどころか、もしかしたら罵倒したくなる映画かもしれません。
 しかし、個人的にはかなり満足な映画です。
 演出もいいし、セリフが最高にオシャレで面白い。粋、です。日本でも海外でも、こういう粋なセリフを書ける人はそういません。
 そして何より、タイトル『さよなら、さよならハリウッド』(原題:HOLLYWOOD ENDING)とラストの展開によるハリウッドに対する痛烈な皮肉。これがカンヌで公開された、というのも愉快な出来事です。
 今、思いついたのですが、もしかしたら前述した取ってつけたサイドストーリーも、ラブストーリーのご都合な展開も、もしかしたら「こういうのがお好みでしょ?」というアレン流のハリウッドに対する皮肉だったような気がします。

 ちなみに個人的にウッディ・アレンの好きな作品は『アニー・ホール』『マンハッタン』『カイロの紫のバラ』。ベタですみません。『マンハッタン殺人ミステリー』のクライマックスの演出も一見の価値有り、です。

 やっぱりウッディ・アレンはいいなぁ。70歳、まだまだ作品を作っているようです。楽しみ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005-05-04

笑って笑って~……“ウイスキー”

 ウルグアイ映画『ウイスキー』(http://www.bitters.co.jp/whisky/

 タイトルの“ウイスキー”という言葉は、日本で写真を撮る時の、「笑って~……チーズ」の“チーズ”の意味の言葉です。確か『あしたまにあ~な』でナレーターの濱田マリがこの映画を紹介した時に、
「チーズは『ウ』で笑顔じゃないけど、ウイスキーなら『イ』で笑顔になっているから理にかなっている」
 というような内容のコメントをしていました。なるほど、確かにその通り。

 物語は、靴下工場を営む男とそこに長年勤めている(と思われる)女性が主人公。男の弟が来るので、女に妻のフリをして欲しい、と頼む。偽夫婦として弟に接していくうちに……。

 “ウイスキー”という言葉により作り笑いができる。作り笑い、作り夫婦……作り続けた先にあるものは?
 感想として書きたいことはあるけど、ネタバレになるので自粛します。見た人、語りませんか?
 監督は“南米のアキ・カウリスマキ”と呼ばれているそうです。確かに説明の排除、ユーモアセンス、映画から感じるテーマなど、似ている部分があります。しかし、カウリスマキよりも説明がない。終わりもかなり唐突で、ブラックアウトした後、スタッフロールが流れた時、客席から戸惑いの声も上がっていました。
 個人的には、あの唐突の終わりは良かったです。説明がないのも、こちらがいろいろ想像できるし面白い。その分、少々退屈ではあったが、その退屈も悪くないと思います。
 『WiLL』で好評連載中の「戦後史この一枚」でもしばしば話題に上るのですが、今の時代は“刺激”(情報とも言います)を求めすぎている気がします。先日『コンスタンティン』の時にも書きましたが、やたらとCGで描かれている映画が多いのは、“刺激”を求めているからでしょう。
 “刺激”は何も考えなくても、「ああ、楽しい」と思えお手軽ではありますが、そのうち飽きます。それよりも“退屈”というものをゆっくりと噛み締めるのは如何でしょうか?
 
 この映画はウルグアイ映画だそうです。話によると日本に初めて来たとか。まだまだいい映画が埋もれているかもしれないですね。世界は広い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005-04-28

飽きてきたCG映画

 キアヌ・リーブス主演『コンスタンティン
 (http://constantine.warnerbros.jp/
  
 物語は、かつて2分間だけ自殺に成功したことで、天国行きを閉ざされたジョン・コンスタンティン(キアヌ・リーブス)。天国に行くために自らの特殊な能力を生かして、悪魔払いのエクソシストとなり悪魔たちを地獄に追い返す日々を送っている。ある日、いつものように悪魔払いをするが……、というもの。天国と地獄と人間界、というキリスト教の考えに基づいた映画です。
 『WiLL』で映画評論家の吉田真由美さんが取り上げています。なので評はそちらを読んでください。私の何十倍的確な評です。

 予告を見る限り、『マトリックス』と何が違うのかイマイチわかりにくいことで有名(?)な『コンスタンティン』。キアヌ・リーブスはしばらくの間は『マトリックス』が呪縛になる気がします。ヒットするのはもちろんいい事ですけど、ヒットすることによってその映画のイメージが定着してしまうのは俳優にとっていろいろ大変です。

 それにしても、もうSFXを駆使したCGたっぷりの映画にはビックリしなくなりました。『ジュラシックパーク』を初めて見た時はかなりの驚きがありましたが、月日は流れ、「ないものがある」風景を作り出すことにたいして、観客は慣れてしまったのです。どんなに細かく、リアルに、また有り得ない風景を描いても「へー凄いねぇ」で終わってしまう。CGなどコンピュータに頼った映画もいいですが、そろそろ肉体を、人間を使った面白い映画を作らないと映画界、というよりハリウッド映画の先はないと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005-04-21

湯気と煙にまみれて。

 ジム・ジャームッシュ監督作品『コーヒー&シガレッツ』
http://coffee-c.com/

 『ミステリー・トレイン』『デッドマン』のジム・ジャームッシュが18年に渡って撮りためたコーヒーとタバコをテーマにした短編映画集。短い話が11本つまっており、出演するのはケイト・ブランシェット、ビル・マーレイ、スティーブ・ブシェミ、ロベルト・ベニーニなど総勢24名。ジャームッシュ映画が好きな人、またその「系統」が好きな人にはたまらない人選でしょう。
 トム・ウェイツとイギー・ポップが同じ画面に!
 ホワイト・ストライプスが演技を!
 ビル・マーレイとウータン・クランが会話を!
 などなど。人選だけどちょっと興奮してしまう映画です。この人達がコーヒーを飲みながら、煙草を吸いながら、取り留めのない会話をしている、だけの映画です。逆にこの人選にピンと来ない人はまったく楽しむことができないでしょう。ある意味、人を選ぶ映画かもしれません。
 本当にその辺りのカフェで繰り広げられている会話です。カフェに座って横の人の会話にちょっと聞き耳を立てる。そんな映画です。二人の関係や会話の内容を全部知ることはできない。その空気や雰囲気を楽しむ。つまり私たちがカフェで過ごす時間をそのまま映画にした、といえるでしょう。

 『ロッキー』を見た後に前かがみの姿勢で歩いたり、『燃えよドラゴン』の後にちょっと横姿勢になったりするのと同じように、この映画を観た後はコーヒーと煙草が欲しくなりました。煙草を吸う人かどうかは置いておいて。そういう映画というのはいい映画だと思います。映画に限らず、何かしよう、と思わせる作品って力があるのではないでしょうか。映画を見た後は、友人とコーヒーを飲むたびに軽く乾杯します。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005-02-24

全てが見えた「亡霊」

main 今回は映画について。
 『オペラ座の怪人』(http://www.opera-movie.jp/)

 映画と演劇の違いとは何でしょう?
 ライブではない、という最大の違い以外にもう一つ、「細部まで見えるかどうか」というのがあります。映画は編集し、演出し、様々な角度、アップや引きなどがあり細部まで観ることができる。しかし、演劇はどうしたって一定の距離、一つの方向でしか見ることができない。これがもう一つの最大の違いでしょう。
 『オペラ座の怪人』、原作は本格推理作家のガストン・ルルーによるものですが、ミュージカル作品としての方が有名。今や名作ミュージカルといえば『キャッツ』と『オペラ座の怪人』。
 その作品を映画化。何故いまなのか? よほどハリウッドも題材に困っているかもしれません。
               ▽
 まず結論を書けば「退屈」でした。
 「金返せ!」と言ったり、不満だったとかではないです。多分映画化すればこうなるんだろうなぁ、という想像通りだった。それで退屈と思うのだから、映画には合わないのかもしれないです。
 そもそもファントムが不気味で、不思議で、魅力のある存在でなければいけない。しかし、劇と違い映画だと細部まで見えてしまい、こちらで想像する部分が減る。そうすると妙に具体的な人間になり、魅力が半減。ファントムの魅力が半減したら物語自体の魅力が半減です。
 例えばクライマックスの一つ「シャンデリア落下シーン」も、ファントムが何か細工しているところを見せるし、映画だから本当に落とす。オペラ座の話だから、観客もいて逃げ惑う姿も映す。演劇ならばどう落とした感じに見せるか試行錯誤するから面白いんです。
 ただ「細部まで豪華」というのは退屈なだけ。
 一つだけ「これは無駄で余計で作品を台無しにしている」と思ったのが、時々出てくる白黒のシーン。この映画は白黒の部分が「今」で「昔の事件」を思い返しているという設定。「昔」はカラー。ラストシーンが「今」で、(ネタバレなのでどんなシーンかは書かない)そのシーンもいらないと思う。恐らく、ミュージカルのラスト(有名なのでこれは書くが、ファントムが消える)で終わるのは演出が弱くなるからでしょう。ミュージカルでは椅子に座りマントを頭から被るファントム……マントを剥がずとそこには誰もいず、ただマスクとバラがあった……というもの。舞台だからこその演出だが、映画にすると弱いかもしれない。悪くない演出とは思うけど、取って付けた感がある。
 なんだかんだとイチャモンをつけたが、よく出来ている作品ではある。前述した通り、映画化するのならこれがかなりの出来となるはずです。それでもこう思うのだから……ということ。
               ◎
 ハリウッドならばお金が使えるし、CG技術も発達。「どんな映像でも作れる」と言っても過言ではなくなってしまった映画。全編CG! と謳って宣伝している映画もある。しかし、それは本当に面白いのでしょうか。何でも作れるから細かいところまで作りこみ見せている作品は、技術としては凄いがエンターテインメント(芸術)としては面白くない。なぜなら、我々が作品を見る時はいろいろ想像するからです。いま目の前に提示されている映像(絵、文字、などすべてのもの)を見てそこに“見えない”なにかを読み取ろうとする。しかし、提示されるものが多すぎると逆に想像しにくい。
  自由で何でもできるからこそ、何をすべきなのか考えなければならない。
 映画はどんな映像でも作れるのなら、どこを見せ、どこを見せないか、が大切ではないでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005-02-17

祭りのあと

 誰が何を基準にして決めるんだ? で、アカデミー賞と肩を並べるグラミー賞が発表されました。詳細な結果はコチラ
                    ○
 最優秀アルバム、最優秀レコードなどレイ・チャールズが8部門を獲得。はい、ちょっと待てーい。死んでるじゃん。
 一応突っ込みますよ。映画『Ray』公開直前、という(不謹慎な言い方だが)絶妙なタイミングでこの世を去ったレイ・チャールズ。流れに乗ってアカデミー賞もかっさらいそうですが、映画は新作。レコードはサントラで、新作ではない。なのに最優秀レコード。ちょっと納得できないですなぁ。お祭り騒ぎだから、そこまで目くじら立てることはないと思いますが。共演したノラ・ジョーンズはもはや「王者の風格」(?)があります、2年連続でグラミー賞のど真ん中にいます。さすが。
 マルーン5が新人賞。前に違う名前でデビューしているんですが、名前を変えるとうまくいくのは世界中で流行りなんでしょうか? くりぃむしちゅーとかさまーずと同じで。あ、でも細木数子に改名させられて売れた人いませんね。
 グリーン・ディがロック・アルバム部門で受賞。何でもはじめてだとか。意外。前作『Warning』は大名盤なんですが。それまでもポップ・パンクの元祖、しかもお気楽極楽だけでなくキッチリとメッセージを出し、演奏も抜群。なのに今回初めて。今作がブッシュ批判だったからでしょうかね。そういう、音楽以外の部分の要素で決まるっていうのも、ちょっと気に喰わないです。新曲を初めてラジオで聞いた時は、正直日本のバンドとのレベルの違いを思い知らされるくらいだったんだけどなぁ。星条旗をバックに「American Idiot」を歌いながらステージを駆け回ったそうです。パンク。そしてビリー・ジョーがスピーチでこう言ったそうです。
「ロックンロールは危険であり楽しくもあるもの」 
 ステキです。
 U2の「Vertigo」が受けてますね。この曲はロックンロールです。iPODのCMで流れた時も一瞬本当にU2か? と思いました。それがうけるんだから今までのU2はなんだったんだ、とちょっと思います。今までがあるからこそ、この曲がうけているんでしょうけど。この路線でアルバム作ってくんねぇかしら。絶対面白いアルバムになると思います。
 少しだけ触れてみました。やっぱりグラミー賞ってアメリカの賞なんですね。全然イギリスのは入っていない。フランツ・フェルディナンドくらい入れてもいいのに。イギリスはイギリスでブリットアワードというのを開催しています。誰か何をとったのかはコチラまで。個人的にはこっちのほうが納得がいく結果になってます。当然イギリス寄りですが。
                      ◇
 まぁ、こういう賞はお祭りです。話題になっているものを集めて騒ごう、と。ロックフェスとはまた違う雰囲気です。フェスは凄く不確定要素があり、まさに“ライブ”なんですけど、こういう賞ものは“ショー”になります。なんとなくですが、予定調和であり、感動というものはない気がします。
 そもそも「賞」というものが芸術と呼ばれる分野でいるのかどうか。「いらない」とまでは言いませんが、賞が一つの権威となり過ぎていると思います。それはグラミー賞であれアカデミー賞であれ、それこそ直木賞であれどの分野であれ、そうじゃないかと思います。あくまでも一つの目安なのだ、という気持ちが必要なのではないでしょうか。賞に力が出てこれば、それに固執するし執着する。受賞の為になりふり構わない、なんてことになる。そうなるとその分野の堕落に繋がると思います。音楽の場合、あまりそういう傾向にはなっていないようですが映画、アカデミー賞はこういう傾向がありますね。
 それにしても、こういう祭典でアメリカのミュージシャンが一同にそろうと圧巻。みんな一流。比べて、日本の音楽の賞ものといえばレコ大、紅白、テレビ番組のスペシャル版……いいメンツだ、と思うことはあまりない。まだまだ日本と海外の差はあるのか、といえばそうでもないと思う。じゃあ何故いいミュージシャンがテレビに出ないのか。やはりテレビ番組やイベントの質なんでしょう。文句は言いましたが、グラミー賞もアカデミー賞もよくできたショーです。エンターテインメントという面ではアメリカは本当にうまい。日本のテレビ、イベント関連の会社もスキャンダルだの買収だのだけで話題になるんじゃなくて、いいショーを作って話題になって欲しいものです。

05021501raycharles1mt2552141

00000552974l1

bvcp240281

uici10371

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005-02-10

過去を喰う。

 先日HMVに行き、何気なく10%オフの棚を見ていたらあるバンドのベストアルバムが18曲入りで1040円でした。2、3曲入りマキシシングルでも1000円以上するのに18曲入りで1040円とはこれ如何に。購入しました。買うつもりは全然なかったんですが。これ以外にも2枚買いました、勢いで計3枚。安いのがあったから衝動買いをしたのに更に2枚入れてどうする。しかも1枚は国内盤で高いし。サヨナラ、新渡戸稲造。二重の意味で。
                         ☆
 近年、CCCDをやったり(やめたり)、輸入を規制する法案ができたりし、何とかCDを買わせよう買わせようとする姿勢が見える。誰が考えているのかは知らんが、んなことよりいいレコードを作る方に力を注いでもらいたい。悪あがきをしているようにしか見えない。
 バブルの頃はドラマ主題歌になれば売れる、というレコード会社にとって夢のような時代でした。今はドラマの主題歌になっても一瞬で記憶の彼方に飛ばされてしまう。前回Queenの『JEWELS』が売れたのはキムタク主演のドラマ主題歌が入っているからというのは一因に過ぎないと書きましたが、つまり聞かれていて尚且つ曲のレベルが高くないと100万枚以上は行かない。MDやiPODの普及が更にCD売り上げ不振に拍車をかけているでしょう。
 しかし不振だけど、「ちょっとこれどうなのよ?」と思うものが売れたりするので、世の中わけがわかりません。ここで名前を出すのはアレなんで書きませんけど。「ゴミ!!」とは言いませんが、何でそんなに売れるんでしょう。不思議でしょうがないです。時々「そのCDを作るぐらいなら、その材料と労力を今までの名盤にまわせ」と思う時もあります。
 思えばモーニング娘。とかSPEEDとかが出てきて、「こんなの売れないだろう」と思ったら売れ、この辺りから世間と自分の間に壁ができ始め、最近では売り上げトップ10を見て買ったものが1枚あればいいくらい。オレンジレンジのどこにあれだけ売れる要素があるんだか、さっぱりわかりません。
                        ◇
 そう、レビューです。だらだらと音楽業界に思うことを書いてしまいました。ようやく本題です。

b00079fhum.09.LZZZZZZZ[1]

『We Are Little Barrie』
Little Barrie

 聞いたことのないバンドだなぁ、と思ったら新人のようです。以下、HMVの紹介文の引用を。

エドウィン・コリンズ(オレンジジュース)をプロデューサーに迎えた記念すべきデビュー・アルバム! ヴィンテージ楽器マニアである3人から紡がれるプリミティヴなロックンロールは徹底的に無駄を削ぎ落としたロウなサウンド。ブルースやファンクといったどす黒い要素も満載!! 久々に骨のあるバンドの登場だ!!

 R&Bやブルース、ソウルが大好きなんだろう、と思ったらその通りでジェイムズ・ブラウンの大ファンらしい。かなりファンク。こういったR&B、ブルースが好きなバンドが出す音は下手するととても古臭くなりがちだが、このバンドの音はかなり現代的。現代的という言い方はちょっと違う気もするが、全然古くない。音の質感がとてもいいです。
 技術が進んで、いろいろな音を出せるようになってきた反面、こういったヴィンテージ機材などを使ってレコーディングするバンドが出てきており、The White Stripesとか22-20sなどいいバンドがいます。
 The White Stripesは他のバンドに比べ頭一つ上のレベルにまで到達しています。最近ライブDVDを出しましたが、こちらもお勧めです。ただ、演出としてやっているんでしょうが画像がチープ。ある部分だけならいいんですけど、ずっとだとちょっと飽きる。最新技術を使えばいいのに、と思いますが2人しかいないのでハイビジョンは必要ないような気もします。
 そう、2人だけなのです。ドラムは女性で、ギターは1本です。にも関わらず濃い音を出します。ブルースとロックンロールにとり憑かれ、演奏し、しかもしっかり売り上げを出している。うーん、凄い。そういえば、この2人は姉弟と言い張ってました。本当は夫婦。でも離婚したとか。そういった愛憎を越えた絆があるんでしょう。
 古さを取り入れ新しい音楽を作る。これもまた一つのジャンルで面白いです。独特の音がしています。日本にはこういうバンドがいません。すんごいライブをしながら、チャートにも通用するバンドが出てきてくれることを期待します。
 長々とこのバンドとは別のことを書いてしまいました。デビューで情報もないので、と言い訳をしつつ。レコードの次はライブが見たいです。この音でライブがイッチャッてるくらい凄ければ、今後も期待大です。

 長いな、今回。次回はもっとコンパクトにまとめたいと思います。では!

45202270037081
『Under Blackpool Lights』
The White Stripes


22-20s
『22-20s』
22-20s

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2005-02-01

懐かしのラヴァー・ボーイ

 編集部で雑記を書くことになり、さて自分は何をテーマに書こうかと思い、つきつめていき、果てには何もなかったので、適当に好きな音楽について書きます。なるべく新譜紹介。でも買わないときがあるので旧譜になるときもしばしばあるかと。またいきなり音楽ではなく、映画やら演劇やらになる可能性も無きにしも非ず。要は好きなものを思いつきでやっていく、ということです。
 以後、宜しくお願いいたします。


 さて、記念すべき第一回はこれー。

tocp675302
『QUEEN JEWELS II/ クイーン ジュエルズ II~ヴェリー・ベスト・オブ・クイーン~』
価格:¥2,548〈INCL.TAX〉


 2004年、一番売れた洋楽アルバムはこれの前作『JEWELS』だそうです。150万枚を越えたとか。
 150万枚!!!
 ちょっとビックリする数字です。今やミリオンセラーがシングル曲でもなかなか出ないにも関わらず、洋楽のアルバムが100万枚越え。木村拓也主演のドラマ主題歌になったのも一因でしょうが、それだけではないでしょう。キムタクで歌の題名が“I WAS BORN TO LOVE YOU”なんて、ちょっと鼻で笑ってしまいそうですが、それがQueenの曲と知ると、ニヤリとしてしまう。Queenってそんなバンドだと思います。

 改めて聞くと、その楽曲のレベルの高さには驚きます。コンスタンスに名曲を作り続け、トップに君臨し続け、劇的な最後を遂げたバンドもそうないでしょう。
 フレディ・マーキュリーは、1991年11月24日にエイズによる気管支肺炎で他界。前日にマスコミにHIV感染告白をしたばかりでした。

 いつ聞いても、これをライブで聞きながらたくさんの人と会場で歌いたいと夢に見、その夢は夢のままで永遠に適わない。そう思いながらも、今日もQueenを聞いては夢を見ます。

 ああ、一度でいいから“WE ARE THE CHAMPIONS"をフレディと歌いたかったなぁ。

| | コメント (0) | トラックバック (1)