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2007-01-23

イカとクジラと猫

 相変わらず誰も書かないブログですね。いや、私も久し振りなんですが。映画は何本か見ていたのですが、書く暇がありませんでした。年末年始の休みが進行に響いて……ようやく一息ついたので書きます。だだだと、書いていけたらいいなぁ(もはや願望)。

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 見に行ったのは『イカとクジラ』です。主演はジェフ・ダニエルズ、ローラ・リニー、ジェス・アイゼンバーグ、オーウェン・クライン。監督はノア・バウムバック。
 この不思議なタイトルは、内容と関係ないわけでもなく、何かの比喩になっているわけでもありません。そのまま「イカ」と「クジラ」なのだから面白いです。

(ネタバレありますので、ご注意を)

 舞台は1986年のニューヨーク。父、母共に作家の両親を持つ兄弟が住んでいた。ある時、父と母は離婚を決意する。父は家を出て近所に引っ越すのだが、子供達はその二つの親の家を行ったり来たりする事になる。

 と、簡単に言えば崩壊している家族の話です。それにしてはへんてこりんな状況ですが。

 そんな変な状況の中で、兄が放った「僕達は行き来するとして……猫は?」というセリフが、現実離れをしていながら、妙にリアルで笑えます。それに対して両親も「くそ、忘れていた!」と本気で悩むし。ちなみに、この話は監督の体験が基になっている自伝的映画らしく、監督の場合は両親が映画評論家だったそうです。

 父・バーナードは、かつては脚光を浴びていたものの、今はスランプに陥っています。そんな中でも「本と映画に興味のない人間は俗物だ」と言い切るような男が彼です。
 一方、母・ジョーンは新人作家として『ニューヨーカー』に作品が掲載されるなど、脚光を浴びつつありますが、浮気性で恋愛を繰り返しています。
 兄・ウォルトは思春期ならではの恋の問題や性的衝動に悩まされ、弟・フランクも性的衝動をどう解消すればいいのかわからずとんでもない行動を起こしてしまいます。

 みんな問題だらけ。

 ユーモアを交えながら(ちょっとブラックです)、「家族」とは何なのかを一つの滑稽な家族を描く事によって表現しています。
 実は真の俗物だった父、相変わらず恋愛をし続ける母、何もかもがうまくいかない兄、戸惑う弟。
 皆、何かしらの問題を抱え、何とかしたいと思うんだけどうまく行かず、思わぬ方向に事態は進展していきます。哀しみに明け暮れる事も、考える事も、行動する事もなく。

 そんな中から、一緒に家を行き来していた猫はスルッと逃げ出す。まるで、「俺は関係ないよ」と言わんばかりに。あの猫はどこへ行ってしまったんでしょう。

 「イカ」と「クジラ」はウォルトのトラウマです。彼は小さかった頃、ニューヨークの自然博物館で格闘する「イカ」と「クジラ」が怖くて泣き出してしまった。それは、その姿が両親の姿とダブったからでしょう。それを認識した時、ウォルトは初めて一人の人間として、自分の家族を見つめる事ができるのです。

 そこで映画は終わります。とても唐突な終わり方です。
 この後、あの家族はどうなっていくのか。修復するのか。再生するのか。破壊するのか。
 見ての通り、どこにでもある家族、とは言えません。しかし、何故かシンパシーを感じます。本当の物語はいつも映画が終わった後に始まる。この家族が、どういう形であれ幸せになってくれる事を、心より願います。

 ウォルトは学園祭でギターの弾き語りをします。自作の曲と言っていましたが、実はピンク・フロイドの“Hey you”という曲でした。その曲の歌詞は、とても意味深でした。歌詞の引用で、この感想は終わろうと思います。

《Hey you, would you help me to carry the stone?
 Open your heart, I'm coming home.
 But it was only fantasy.
 The wall was too high,as you can see》
(ねえ、君、僕が石を運ぶのを手伝ってくれるのかい?
 心の中に何があるか話してよ、家に帰る予定だからさ
 でも、それって幻想だったね
 君も知っているように、あんまりにも壁が高すぎたからさ)

《Hey you,don't tell me there's no hope at all
 Together we stand, divided we fall》
(ねえ、君、もう何の望みもないなんて言わないでおくれ
 一緒にいれば頑張れるけど、分かれてしまったらおしまいだよ)

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5.龍さんの『ポップコーンキネマ』」カテゴリの記事

コメント

加藤幹敏中日新聞編集局長を告発する

2006年3月3日、運転免許を取り消された上に酒気帯び運転をしたとして
田島真一中日新聞生活部記者が逮捕された。
田島記者は2004年11月、免停中に車を運転して物損事故を起こし、
2005年1月に免許の取り消し処分を受けていた。
中日新聞社は極秘に田島記者を3月15日付で停職3カ月とし、
記者以外の部署に異動、社内に緘口令を敷き事実を隠匿した。

しかし、田島容疑者が起訴され9月に検察の求刑が出された時点で他紙に嗅ぎ付けられたため、
常習性があるとして懲役10月、執行猶予3年の有罪判決が出た9月8日にようやく報道、
しかし他紙が実名報道するなか匿名にとどめる。

さらに田島記者が2005年3月から1年間、署名入りで書いていた連載記事において、
他社の書籍のイラストの継続的な盗用が発覚。しかし処分は上司のみに下される。

これら一連の田島記者をめぐる中日新聞社の不可解な行動には理由がある。
田島記者の親族に父親の田島暁中日新聞論説主幹ならび
叔父の田島力東京新聞論説委員と二人の幹部がいたためである。
この二人に加藤幹敏中日新聞編集局長が配慮した結果だったのだ。

加藤編集局長は将来の社長候補である。
つまり自身の出世のために田島家に恩を売ったのである。

一方で判決後、事態が明るみになった責任を取り、田島暁中日新聞論説主幹は論説委員に降格した。
これにより加藤編集局長は社内でよりいっそう発言力を高めることになった。

名古屋市民、日本国民よ、このような自己の利益のみに執着する人間を許してはならない。
加藤幹敏ならび田島一族、そしてこのような輩が君臨する中日新聞社をジャーナリストと認めてはならない。

投稿: 草間俊介 | 2007-02-28 00:02

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