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2006-11-27

ナチョ、飛べ!

 何も言わずに感想を。
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 『ナチョ・リブレ 覆面の神様』を見ました。

 教会の神父が、孤児のために禁じられているルチャ・リブレ(プロレス)に覆面を被って参戦する、という話は実話です。ジャン・レノ主演ですでに映画化もされています(『グラン・マスクの男』)。しか~し、本作の主演はジャック・ブラック! シリアスじゃない、コメディだ~!! 
 というわけで、驚くほどくだらないコメディです。
 ストーリーを簡単に書けば、ジャックブラック演じる神父が教会で孤児と暮らしており、自分の夢(レスラーになる)を叶えたいし、子供も幸せにしたいし、好きな女性と結ばれたいし、ってえらい欲深いですね……。

 実話が題材になっているのに、妙に嘘くさい感じる物語。いいことを言っているんですが、どこかで聞いた事がありそうなセリフ。ベッタベタなギャグとベッタベタな展開。
 全てが胡散臭い。にもかからわず、それが最高に面白いから不思議です。“一週まわって面白い”現象でしょうか。胡散臭さも全部ならば気にならないみたいな。いや、気にはなりましたが。

 レスラーの役をやるというのに、丸いままの身体でピチピチタイツを穿きながら演じ続けるジャック・ブラックがたまりません。映画の公式サイトでは、ジャック・ブラックは役作りをしたと言っていましたが、一体、どの辺にそれが現れているんでしょう。
 しかし、ちゃんとプロレス技(パイルドライバーからラ・マヒストラルまで)を使っているという無駄な拘りがまた笑いを誘います。イマイチ、プロレスのルールもメチャクチャでしたけど。
 いるのかどうかわからない、ジャック・ブラックの美声もあり。ナチョが惚れるシスターも無駄にやたらと艶っぽくてカワイイ。突っ込みどころしかないです。
 物凄く乱暴に言うと、『スクール・オブ・ロック』のプロレス版、でしょうか。

 いつもより短い感想なのは、面白かった以外に書くことが何もないからです。「頑張れば努力は実を結ぶ」というテーマがありそうだけど、そんなものは微塵も伝わって来ません。
 くだらなくて、面白くて、アホくさくて、笑いました。見終わった後、何も残りませんよ。それがコメディの真髄でもある気がします。
 ナチョ~~!!

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2006-11-21

That's All.

 だからね、誰かね、書けよと言いたいわけなんですよ。私以外の人も書けば、毎日とは言わなくても、それなりに更新されるじゃないですか。何ですか、この映画感想だらけの編集部ブログは。私の個人サイトか!
 ……はい、恒例の心の叫びが終わったところで、感想です。

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 『プラダを着た悪魔』を見ました。主演はメリル・ストリープとアン・ハサウェイ。監督はアメリカのテレビドラマ「セックス・アンド・ザ・シティ」のデヴィッド・フランケル。実は「セックス~」は見たことないので、比較はできませんが。

 ジャーナリストを目指してニューヨークへとやって来たアンディが就いた職業は、一流ファッション誌“RUNWAY”の編集長ミランダ・プリーストリーのアシスタント。ミランダは、その絶大な影響力に誰もが恐れおののくファッション界のカリスマだった。朝も夜もなく四六時中浴びせられるミランダの理不尽な命令に、いつしかアンディの私生活はめちゃくちゃに。恋人ネイトともすれ違いが続いてしまう。こうして、早くもくじけそうになるアンディだったが…。

 ストーリーを読んでいただければわかりますが、いわゆる「女の子の垢抜け成長物語」です。よくある、展開の読めるちゃっちなストーリーと言っていいでしょう。
 ただ、他の映画との決定的な違いは「女が女の世界で洗練、成長していく」という点だと思います。誰かに見出されたわけでもなければ、自分探しに明け暮れるわけでもなく、恋愛のためにキレイになっていくわけでもない。ストイックなまでに、仕事の中の話です。

 「恋愛」や「友情」などの要素は確かにありますが、メインディッシュに添えられるポテトサラダかパセリみたいなもの。なければ物足りないけど、あくまで添え物です。「仕事」というのがメインテーマです。それは全くぶれず、一本筋が通っており、とても良かったです。
 そのぶれの無さは、アンドレアとミランダの関係にも通じます。「仕事」と「プライベート」のギリギリの線で出来上がっている。そのバランスが絶妙なのです。よく、敵対していた人がプライベートにまで入り込んで通じ合う映画がありますが、そんな陳腐な事はしません。

 映画は物語も演出も、何もかも徹頭徹尾“スタイリッシュである事”を貫いています。全ての出演者が、様々な服を着てオシャレ満載なわけですが、ただキレイな服を着てちゃらちゃらしているのではなく、あたかもアスリートの様に己を研ぎ澄まし、プロ意識をはっきり持ちながら仕事をしてます。

 メリル・ストリープが素晴らしいです。アン・ハサウェイもかわいかったけど(ださくたって、かわいいもんは最初からかわいい)、圧倒的にメリル・ストリープが良かった。前から大女優だったわけだが、ちょっとやぼったい印象がありました。でもこの作品では、一流ファッション誌編集長を見事に演じ切っています。

 映画はミランダの一言で終わります。その一言は、誰でもわかるほど簡単で、単純で、深い。そしてそれを言うミランダの表情、仕種、言葉使い……完璧と言っていいワンシーンでしょう。

 見終わった後、颯爽と歩きたくなりました。

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2006-11-06

勝ったのは誰だ?

 誰か書けよ! と思うわけですが、まぁいいです。
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  『父親たちの星条旗』を見ました。 硫黄島二部作の第一部でアメリカ側の視点。第二部、日本側の視点『硫黄島からの手紙』は12月公開です。客席にはお年寄りが多かった気がします。

 監督はクリント・イーストウッド。ハリウッドが硫黄島の映画を作る、と聞いた時は『パールハーバー』みたいになるんじゃないかと不安になりましたが、監督がイーストウッドと聞いただけで安心しました。ダーティー・ハリーもいつの間にか「ハリウッドの良心」です。

 硫黄島の擂鉢山に星条旗の旗を立てる時に撮影された一枚の写真にまつわる物語。旗を立てた、とされた兵士の生き残り三人が帰国し、英雄扱いされ戦時国債集めに使われてしまう。硫黄島の戦闘そのものではなく、兵士達はは何のために戦い、死に、生き残ったのか。戦場における英雄とは何なのか。

 戦争において、もっとも辛く哀しい想いをしたのは、間違いなくたくさんの“名も無い”死んでいった兵士達です。しかし生き残って、しかも英雄になってしまった“名を得た”兵士達にも、深い傷跡を残したのです。

 正体不明の敵(日本兵)と戦う怯え、そこから発生する狂気。たまたま写真に写り、生き残っただけなのにイベントやパーティが夜ごと日ごとに繰り返され、拍手やスポットライトを浴びる、国民・国家の狂気。
 物語は、硫黄島の戦闘シーン、帰国後の国債キャンペーンツアー、さらに現在の関係者へのインタビューという三つの時系列を織り交ざっていきます。少々複雑で、しかも兵士の顔が全員坊主で、顔も泥だらけなので最初の方では誰が誰だかわからなくなってしまいました。

「真の英雄は私たちではなく、戦場で死んでいったたくさんの仲間達です」

 生き残った兵士の一人は民衆にそう語ります。それは、間違いなく本心なんでしょうが、どこか空虚なフレーズに聞こえてしまうのは何故なんでしょう。あまりに我々がすれてしまったからなんでしょうか。

 戦場の真実とは、生き残った者の中にあるのか、死んでいった者の中にあるのか。そもそも真実なんてものがあるのか。

 戦闘シーンはなかなかの迫力でした。特に島上陸シーンは、圧巻の迫力。摺鉢山の山頂から海岸を俯瞰すると、凄まじいばかりの数を誇るアメリカ兵団。これを見た日本人は、生き残る事なんて考えなかった、考えられなかったんでしょう。
 それはそれで狂っています。 そう、戦争は狂気で、異常な空間なのです。しかし、戦争に追い込まれてしまう状況というのは確かにあります。だからこそ軍事力を持つという議論が巻き起こっているのです。結論はまだ出ていませんが……。

 あるシーンで、兵士の前に旗を立てる兵士の図を模ったケーキが出される。それにかけるのはストロベリーソース。真っ赤な液体が流れる英雄達。あれは本当にあった事なんでしょうか。本当だとしたら、哀しくなるほど無神経です。それはケーキに限った事ではなく、英雄達の像を作った人々もそうでしょう。だけど、作らざるを得ない心理状態だったのも事実。それが更に哀しさを加速させる。

 狂乱の果てに、彼ら英雄達はどう過ごしたか。その後の人生には胸が詰まりました。
 残ったのは虚しさだけ。
 「日本兵」という言葉も、日本兵の姿も殆ど出てこない。だからこそ、アメリカ兵達は何と戦ったのかはっきりしない。
 銃口を向けている相手は誰なんだ。
 戦争に勝ったのは“誰”なんだ。
 私には、まだ、その答えはわかりません。

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