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2006-10-25

右も左も真ん中も

 えーっと。
 また一ヵ月くらい空いてしまいまして。誰も書いていませんし。すみません。私もいくつか見たのですが、私の場合はうまく言葉にできなかったもので。
 見に行ったのは 『紙屋悦子の青春』です。ようやく見に行きました。
Photo_2
 黒木和雄の遺作という事もあり、ありとあらゆるところで様々な人が語っているので、今更、私如きが何を言えばいいのでしょうか。本誌でも秋山登さんが書いておられます(9月号)。しかし、それでも書きたいと思うほどの作品でした。

 反戦映画ですが、それと同時に青春映画であり、恋愛映画です。深く重いテーマを題材にしているのに、描かれているのは驚くほど軽い情景。にも関わらず、見終わった後は爽やかな気持ちと共に、ずっと考え込んでしまいます。はっきり言って、凄い作品です。傑作、と言っても過言ではないでしょう。

 この映画で特に印象に残ったのは、原爆投下も敗戦の日も出てこない点です。戦争映画(反戦映画)はこの二つを必ずと言っていいほど描きます。描くのは問題ないのですが、描く事によりイデオロギーが生じてしまう事が多い。しかし、この映画はあくまでも「戦争中の日常」のある一時期に過ぎないのです。

 音楽はタイトルバックでしか流れません。大きなドラマも起こりません。戦時中でありながら、時折噴出してしまう場面もあります。いや、戦時中だからといって、庶民の生活にはユーモアはあったでしょう。常に高揚していたわけでもないし、絶望していたわけでもないという、当たり前のことなのに、この映画で初めて知った気がしました。

(略)いわゆる「英霊」をどう理解したらいいのかということは日本人にとって今日ますます難しい課題になっているが、単純に祖国に準じたというのでなく、その未練の部分を追体験してみることが大切で、この映画はそれを誠実につきつめている。(パンフレットの佐藤忠男の解説より)

 国を、郷土を、愛する人を守るために自ら志願して飛行機に乗るのも自分の意志。
 心に秘めた思いを告げる事ができず、決心してもなお友に手紙を託すのも自分の意志。
 “未練”を抱えながら死んでいった者、残された“未練”を抱えながら生きていく者。

 銃声は一発も聞こえない。スクリーン上では誰も死なない。だけど、痛烈に死と戦争を感じます。
 黒木和雄、75歳。素晴らしき映画作家の死に、合掌。

 あー、駄目。うまく書けません。何度も書き直しているのですが。言葉にできない感情を映像にしているのだから、当たり前といえばそうなんですが。
 DVDになったら見ようかな、と思っている人は、待たずに映画館へ行ってください。テレビで見ると、とても退屈な映画に思えます。是非とも映画館で。

 言葉で表すには、言葉が足りない。そういう意味でも、映像の真骨頂としての映画かもしれません。

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