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2006-03-29

このままで本当にいいのか

社の近くの靖国神社も桜が満開となりました。
「靖国の桜の下で会おう」と誓い合った英霊の皆様の気持ちが伝わってくるようで、
ガラにもなく感傷的になります。

とはいえ。
酒好きとしては桜=お花見=お酒
満開の桜の下でお酒を飲む。いいですねぇ。
風習が始まったのは貴族は平安朝の頃から。武家は豊臣秀吉の頃から。民衆は昔から、特に「お花見」と言うわけでなく、桜の下でご飯など食べていたそうですが「お花見」と言う体系になったのは江戸時代の頃からだそうです。
千年以上前の日本人も、同じように桜の下でお酒を飲み、
「まーったく昼間っから呑めちゃうね~。でもお花見だからいいよね」
なんて言っていたのを想像すると、非常に感慨深いものがあります。
また、年度初めを4月に制定したのは、桜の開花時期に合わせたと言う説もあるそうです。
満開に咲き誇る桜と、新たな舞台に立つ若者の姿を重ねているとか。
まさに「俺とお前は同期の桜」というわけですね。

さて、閑話休題。
今年もついに開花!ということで、27日の月曜日、われら編集部も靖国神社に繰り出しました。
屋台も出ているに違いない!との期待と憶測の元に…。

ところが着いてみると準備中。聞けば明日からとのこと。むむ。残念…。
お酒大好きな私と、S女史が半ば無理やり編集長以下数名を連れ出したと言うのに、この有様です。
「酒を飲むぞ」という火がついた私とS女史は諦めがつかず、その後居酒屋へ向かいました。無理やりつれてこられた方々は一人もついてきてはくれませんでした。

さて、前々から気になっていた居酒屋へ入ると、お店の雰囲気は何とも昭和のにおい。
いかにも場末の居酒屋!赤提灯!と言った風情がすっかり気に入り、相席にもかかわらずワイワイ盛り上がっていると、その会話を耳にした相席の客人が話しかけてきました。

なんと聞けば、社の同じビルの方。
大盛り上がりとなり、なぜか話は靖国神社の話題から、幕末、戦国時代の話に。
こうなると私も、完全に人目を気にするのも忘れてしまったのです。
武田勝頼がいかに能力のある武将であったかについて、初対面の方を前に、滔々と話し込んでしまいました。そう、私は戦国武将・武田信玄と武田勝頼が大好きで、ちょうど先日山梨の武田神社(武田信玄が居住していた躑躅ヶ崎館に建てられた)に行ったばかりだったために、うっかりボルテージを上げてしまったのです。……年頃の女性が、ジョッキ片手に武田勝頼について語る。われに返ってみると、言い様もない虚脱感にさいなまれました。もはや何の色気もありません。

帰りの電車の中で友人に、「酒飲んで武田勝頼について語る女ってどうなのかしら」とメールをすると、「まぁいいんじゃないでしょうか」との返事。本当にこのままで良いのでしょうか。

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2006-03-23

たしなむ程度にツイストを。

 更新しているのは小島GMと私だけ。野球と映画。どんな雑誌のブログでしょう。

 話は変わりますが、最近「映画館は常に激混んでいる」というイメージが頭の中にあって、どんな映画でもやたらと早めに会場に入ってしまいます。もの凄く込む映画なんて昨今ではハリウッド大作か純愛映画ぐらいで、自分が好んで行く映画はそんなに混まないジャンルなのに、です。
 この映画きっと混みまくりだ!と思い込み、もの凄く早く行き、席は好みの席を獲得できましたがガラガラでした。うーん。
 
 今回見に行ったのは『ウォーク・ザ・ライン』です。
 主演は、「兄貴が伝説の俳優、リバー・フェニックス。演技力イマイチだけど今回は頑張った」ホアキン・フェニックスと、「あごはしゃくれているけど、今もっとも輝いている女優」リーズ・ウィザースプーンです。ウィザースプーンはこの映画でアカデミー賞を取り、何でも女優として一本あたりのギャラがジュリア・ロバーツを越えたらしいです。

 内容は、ジョニー・キャッシュという実在したミュージシャンの話です。エルヴィス・プレスリー、ジェリー・リー・ルイスなどがいた、古き良きロックンロールの時代。思わずツイスト。でも、正直に言えばホアキン・フェニックスはジョニー・キャッシュよりもエルヴィス・プレスリーの方が似ている気がしました。いや、プレスリーよりも、ザ・スミスのモリッシーでしょうか……。知らない方は検索してください。

 主演の二人は、実際に歌っていてこれまた上手い。楽曲もいいものが多いので、聴いていて楽しかったです。
 ただ、いかんせん物語が普通です。

 少年時代は貧乏の底にいて、寝ても覚めても音楽のことばかりを考え、あるキッカケでデビューして、ドンドン売れていき、トップになったもののそれにより自分自身を見失い、酒とドラッグに溺れていく……。
 これはよくあるミュージシャンの話です。ジョニー・キャッシュはこの後、きちんと更正して長生きしました。ローリング・ストーンズやエアロスミスのようにドラッグから更正したミュージシャンはたくさんいますけど、映画としてはちょっと弱くなってしまいます。

 例えば、シド・ヴィシャスの様に恋人のナンシー・スパンゲンを刺殺し(とされている)、逮捕されるものの釈放され、その後もスキャンダラスな行動をし、ナンシー殺害から3ヶ月後に「ナンシーが待っている」と残し、ドラッグの過剰摂取で死亡したとか(映画『シド・アンド・ナンシー』)、カート・コバーンの様に、音楽が好きな田舎の少年があっという間に時代の寵児になり、それによって自分自身を見失い、精神病になり、ドラッグにはまり、最後は猟銃で自分の頭をぶっ飛ばしたとか(映画『ラスト・デイズ』)。
 
 まぁ、別に激しいドラマがなくてもいいんです。ただ、この映画はちょっとどうかと思う部分があるのです。
 それは、ドラッグから回復するのが「愛の力」だということです。つまり、映画のテーマが「最愛の女性と結ばれること」なんです。それが妙にアメリカ的というかハリウッド的というか、なんだかなぁと思ってしまいました。そりゃ愛しい人がいるというのは力になると思うのですが……。簡単過ぎませんかね、と問いかけたくなってしまいました。

 音楽はとてもよかったんですけどね。
「ジョニー・キャッシュのCDを買えばいいんじゃないか?」
 という声が聞こえてきそうですが、反論できないのでスルーさせていただきます。


 同じ時期に『メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬』も見に行きました。

 トミーリー・ジョーンズが監督・主演です。脚本は『アモーレス・ペロス』『21グラム』のギジェルモ・アリアガ。カンヌ国際映画祭で最優秀男優賞と最優秀脚本賞を受賞した作品です。タイトル、キャストからしてもの凄く私好みなので、期待していきました。
 
 果たして、期待通りどころかそれを上回る作品でした。
 もの凄く深遠なテーマを、時間が前後する脚本で、落ち着いた演出で、物語として展開していく。トミーリー・ジョーンズは初監督作品にして、映画史に残る作品を作ったことだけは間違いありません。

 こちらの感想も書こうと思ったのですが、うまく言葉にできませんでした。

 約束、友情、尊厳、成長、理解、土地、国、男、女、愛、憎、生、死……。

 万人受けはしないかもしれませんが、とにかくいい作品です。少しでも興味ある方は見に行ってください。

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2006-03-07

プロ野球がおかしくなっていく……(1)

7日のセ・リーグ理事会で、来季からのプレーオフ実行を決めた。
また、プロ野球がおかしくなっていく……。

昭和初期の治安維持法ではないが、これはプロ野球制度の改悪ではないか、と思えるのだ。
146試合もの長丁場のペナントレースを戦って、結果、優勝をした。今まではこれで、さぁ、次は日本シリーズだ、と腕ぶしていたものが、来季からはそこに、短期決戦という魔物が棲むプレーオフが入り込むのである。

ここで質問。では、146試合のペナント・レースには何の意味があるの?
大抵の人は、プレー・オフに進むチームを決めるため、とか言うのだろう。
そんなバカな話はない。たかだか、10試合程度の短期決戦に進むチームを決めるためだけに、146試合もペナントを戦わなければならないのだろうか。そのためのペナント・レースならば、120試合をオープン戦にして、それこそ30試合だけのペナント・レースで充分だ。そのほうが、まだ納得できる。

細かい計算の話は別にして、仮に100勝46敗の1位のチーム、99勝47敗の2位のチーム、60勝86敗の3位のチームがプレー・オフに進出したとしよう。まだ、プレーオフの概要がどうなるかわからないが、昨年までのパ・リーグのプレーオフ制度を踏襲したとすれば、2位と3位のチームが最初にプレー・オフを行う。3位のチームにはペナント・レースをケガで棒に振っていたエースと主砲が合流、2位のチームは1位のチームと僅差での優勝争いをしていたために、エースと主砲がケガを押してペナント・レースに出続けたため、プレーオフには出場することができない。この結果、3位のチームがエースのフル回転と、休養充分の主砲の活躍で2位のチームを撃破して、1位のチームとの対戦に乗り込む。
満を持して迎え撃つ1位のチームだったが、こちらも終盤の激しいデッド・ヒートを繰り広げた結果、主砲とエースは疲労困憊状態で戦うことになる。疲労のため本調子にはほど遠いチームと、エース・主砲が戻り活気づくチーム。結果は火を見るよりあきらか。結果、3位のチームがプレーオフを制して日本シリーズに進出する。
これが、真に日本一を争うチームとしてふさわしいのかどうか。答えは間違いなくノーだ! もし仮に、パ・リーグの優勝チームも同じ過程で進んだとする。両リーグとも借金を背負った3位のチーム同士の日本シリーズなんてちゃんちゃらおかしい。そうなれば、アメリカはもちろんのこと、韓国や台湾どころか、野球後進国のイタリアなどの欧州勢にまで嘲笑される羽目になるのは目に見えている。

まだ時間はある。今こそ野球機構主導のもと、もう一度考え直すべきだ。プレーオフなんていう愚案ではなく、ファンのための有意義な案はもっとあるはずだ。今、これを認めてしまえば、日本のプロ野球史に最大の汚点を残すことになる。
今が、野球機構の名誉を回復する絶好の機会だ!

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2006-03-01

野球機構に喝!

今年はドンドン書きますよ〜、書けるときに書いておかないと。

さて、過去ネタになってしまいますが、1月25日に行われた実行委員会でのことをとりあげます。
その実行委員会の前に行われた監督会議で、2年目を迎える交流戦について、阪神の岡田監督が「セ本拠地DH制、パ本拠地9人制」というナイスなアイデアを提案したところ、ほぼ満場一致での賛成となった。しかし、その後に行われたコミッショナー、セ・パの両リーグ会長ら野球機構の主だった面々が顔を揃えた実行委員会では、なぜか却下。理由も到底納得できるものではなく、野球機構のバカさ加減に改めて呆れたものである。
昨年、プロ野球にとって大きな変革の目玉となったのが、セ・パの交流戦だった。真剣勝負の場としては、日本シリーズ以外では決して相見えることのなかった対戦は、多くのファンの耳目を集めた。
しかしその反面、各カード6試合ずつ、約2カ月にもわたる開催はまた長過ぎた感があったのも事実だった。
そういう両方の面が出た交流戦を今年も続けるということは、前年の反省に立って今年の交流戦を見直すということは当然しなければならないことだろう。それを現場の人間は十二分に肌で感じたはずだ。だからこそ、岡田監督の冒頭の提案があったのであり、監督会議という現場の最高責任者が集まるところで、全員の賛成を取り付けることができたのだ。
それなのに、あくまで体裁だけを繕う機構の面々は、現場の声に耳を貸す姿勢も見せない。今に始まったことではないから、ああまたいつものことか、と流せばいいのかもしれないが、今年の交流戦に限っては、もう一度再考せよと言わずにはいられない。
なぜか。交流戦の時期がサッカーのW杯開催時期とガチンコになるからだ。このことを機構の連中は本当に分かっているのだろうか?
忘れもしない4年前、日韓共催W杯のために、プロ野球はサッカーの日程に合わせて開催するという惨めな思いをした(そう思うのはワタクシだけかもしれないが)。今年は時差も大きくずれるドイツでの開催とはいえ、衆人の眼はドイツへと注がれのは当然のことだろう(ワタクシにとってもちろん本意ではないが)。そんなときに、昨年と全く代わり映えのしない同じような交流戦をやっていても、果たして誰が新鮮な眼で見てくれるだろうか?
岡田監督は冒頭の提案以外にも、交流戦のためだけに、オールドユニフォームを復活させたり、ホームでロードの、ロードでホームのユニフォームを着ることを発表したりして、タイガースファンを飽きさせない工夫をしている。冒頭の提案にしても、ファンにとっては斬新で新鮮に映る素晴らしいアイデアである。
また、どうしても6試合ずつ行うのであれば、各1試合ずつ、計2試合を地方球場で必ず主催する、ということも考えていいものだろう。

このようなアイデアは、危機感を肌で感じる現場に携わっているからこそ湧出するものであり、危機感を感じる現場に現れない頭でっかちの機構の面々には到底理解し得ないものだろう。
いったい、何のための野球機構であり、コミッショナーであり、両リーグ会長であるのか。本気で野球を良くしようと思っているのか。任命されたから任期を平穏無事に全うすればいいや、とぐらいにしか思っていないのだろうか。
この際、一度野球機構を解体して、本気で野球を愛する人たちを公募し、真剣に野球界のことを考え、野球界の、野球界による、野球界のための日本野球機構を構築するべきなのではないだろうか。
愛する野球のためにも、野球機構の在り方を見つめ直してほしいと、切に願う。

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