« 日垣隆『使えるレファ本150選』 | トップページ | 戦争なんてクソ食らえ。 »

2006-02-02

先を越されてしまいました。今年も何卒宜しくお願い致します。
さて、私は年末年始は、「休肝日という言葉があったろうか」という日々を過ごしておりました。

地元埼玉から横浜まで赴いた日もありました。夜が明けるまで仲間たちと語り合った日もありました。何日か。本日はロハスなんてどこ吹く風の私の「酒ライフ」から印象に残った飲み会をお送り致します。

時は年始気分もすっかり抜けた1月21日。校了を終え、心身ともに衰弱しきり、更には雪の降りしきる中、私はマスコミの学校の授業へと向かいました。四時間にわたる有意義な授業のあと、本来ならば現在開講中の2期生の懇親会に参加するのだが、その日は体調と相談しやめたのだった。
ところが後になって「このまま帰るのは惜しい!体が酒を…(以下自粛)」と思い、1期生の仲間に連絡を取ると、どうやら集まっているという。特に「アウトロー組」と名づけられた気の置けない面々だったので、参加させてもらうことにした。(あ、私はマスコミの学校1期生でした。)

彼らは男性四人で飲んでおり、その中で三人は「姜尚中講演会」なるものに参加した後だったそうな。某氏は黒いタートルネックに身を包み、完全に「姜尚中スタイル」。既にお酒が入っているのか、モノマネもいつにもまして力が入っている。(しかも似ている!)。
講演会の内容は如何なものだったのか。メモを見るも三者三様。分かりやすいメモを残した人もいたが、なぜか「まんがきっさ」とひらがなで書かれたものも。何の話だ。しかも何故か講演会に参加しなかった某氏が一番内容について詳しかったと言う悲しい結果が、彼らの様子から伝わってきた。

お題は「マルチチュード」という概念について。
マルチチュードとは、特に近年イタリアの思想家・革命家アントニオ・ネグリが新たなる歴史の「変革主体」として位置づけたことで知られている言葉であり、元々は群集=多様性、多数性と約される。
ネグリとマイケル・ハートによる『<帝国>』および彼らの諸著作では、「主体の多様性」、「絶対的に差異化された集合体」「欲望を表現し、世界を変えようとする装置を体現するもの」などの意味を含むそうだ。難しい。もっと簡単に彼らは話していたと思うのだが…。
とにかく「多数の人間が国や地域を越えて結びつく、対等な関係のネットワーク」といった意味らしい。私の記憶によれば、だが。

それにしてもなんてアカデミックな話題なのだろう。
同世代のその集まりではじめこそ「姜尚中の靴がかっこよかった」などという話をしていたのだが、途中からは「マルチチュードとは!」といった白熱した議論が展開。まず一人脱落。私である。何のことやら。著作を見るも何やら分からず。第一、もうお酒を飲んでしまったのである。理解しようとする意志も薄弱。

その後、隣にいた某氏に「マルチチュードって分かる?」とこっそり囁けば、「わっかんねぇ」と頼もしい答え。心の中で、ニヤリ。仲間を見つけた。
更には半ば勝手に1期生の女性を呼び出し、くだらない話に終始。「『男たちの大和』の海軍の敬礼はどうか。脇が開きすぎではなかったか」など。横では「その帝国という概念はどうだこうだ」「実現可能などうのこうの」「それは所詮、トーシロ目線に過ぎない」などとまだ議論は展開。ここは一体どこだ。渋谷の「天狗」には到底ふさわしくない状況になっていた。

アカデミック議論とバカ話が平行して進み、二十三時ごろ会はお開きに。帰り際、「知的ストック」について学ぶ。「武田信玄ばっかり読んでちゃダメよ」(私は武田信玄が大好きなのです)と釘を刺され、一人悲しく帰路に着いたのである。

1期生の仲間たちとの出会いは本当に刺激的だ。講座卒業後もなんだかんだ集まったりしているが、毎回発見が多く、「頑張らなければ」という気にさせられもする。という訳で、こんな出会いもあるマスコミの学校、ただいま3期生募集中です。

|

« 日垣隆『使えるレファ本150選』 | トップページ | 戦争なんてクソ食らえ。 »

4.かじぃーの『或る日の編集部』」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/79109/8467909

この記事へのトラックバック一覧です: :

« 日垣隆『使えるレファ本150選』 | トップページ | 戦争なんてクソ食らえ。 »