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2005-08-23

8月8日 格闘二人祭

 新宿ロフトプラスワンでターザン山本!さんと吉田豪さんが格闘技のことを喋るというので、編集部の川島龍太と行ってみる。チケットはとっくに完売。
「取材に来ました!」。
 こういう時、編集者は便利だ。なんでも「取材!」。
 ターザン山本!さんは喋りはうまいし、書くものは、これだけ己れをさらしてもいいのかと思うくらい、「私」を語っておもしろい。葛西善蔵とか島崎藤村のような徹底的な私小説を書けば賞を狙えるのではと秘かに思っている。
 豪さん、こちらも書くものすべておもしろい。『TVブロス』の「古本新喜劇」愛読。最近出版された『元アイドル!』(ワニマガジン社)、タイトル通り元アイドルのインタビュー集だが、これは豪さんでなくては出来ないインタビューだろう。
 長髪だった山本さんが、帽子を脱ぐと丸坊主になってたのには驚いた。
「ファンだというヘアサロンの女の子がやらせてくださいというんで、横浜黄金町の店まで行ったんだよ。電車賃使って。『おまかせでいいですか?』と聞かれたので、つい『いいです』と答えたら、いつの間にかこんな風にされちゃって。この方がいいっていうのよ。いかりや長介ふうにしたって。文句も言えないじゃない。
 で、その後、彼女の仲間と横浜でメシを食ったんだけど、割り勘だし、そのうえ『山本さん、割引しときます』って整髪代まで取られちゃった。2000円。泣くに泣けなかったよ」
 会場大爆笑。その後も爆笑また爆笑で4時間、観客は大喜びだった。
 毎晩、こういうイベントが行われ、人が集まってくるのだから東京という街はおもしろい。東京から離れられない。
 但し、ぼく自身は新宿、とくにゴールデン街周辺は苦手。

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2005-08-09

ヒトラーという男。

 ヒトラー ~最期の12日間~

 「世界震撼。全てを目撃した秘書が今明かす、衝撃の真実」
 というコピーがオフィシャルサイトにデカデカと出てきます。最期の2年間秘書をした女性が語っているので、確かに真実の姿なのかもしれませんが、実際映画を見てみるとそんな印象は受けません。「真のヒトラー像」という衝撃的なものではなく、生々しい「人間・ヒトラー」と「ドイツの敗北」が描かれています。

 映画は面白い、というより重苦しいです。
 地下基地に閉じこもり、いつか逆転をと考えているヒトラーと軍部。それに反比例するように最悪に向っていく地上の市民。終われない、終わらせられない、終わりたい、終わってくれ……戦争という状況に疲労しきって、軍の中でも終わりたいと思う者が現れ始めても、なお突き進もうとし、やがて破綻を迎えるヒトラー、そしてドイツ。結局、何が残ったかといえば、何も残りはしなかった。

 日本映画で、ここまでフラットに、真正面からあの大戦を描いた映画はないと思います。というか、作れないと思います。それは、日本には「天皇」という最大のタブーがあるからです。我々日本人が本当にフラットな気持ちで「天皇」という存在を真正面から作品として描けるのか。難しい問題です。何だか別の話が始まりそうなので、これは置いておきます。

 素直に楽しめる映画ではないです。事前の知識がないと誰がどんな人やらサッパリかもしれません。しかし、こういう映画を見てゆっくりと戦争や自国について考えるのも、またいい映画の見方だと思います。役者もかなり力の入った演技で、その点でも見ごたえ十分。力作、という言葉が似合う映画です。

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2005-08-05

高校野球全国大会

半年ぶりのブログとなりました。ず〜っと忙しかったもlので、ブログの存在を忘れておりました。テヘへ……。
川島クン、偉いね、毎週更新していて。ワタクシも毎週更新するだけのネタは持っていたんだけどね。これからは時間がある限り、更新していきたいと思います。

さてさて、半年も更新を怠っていると、野球界もいろいろ変化してきました。プロ野球開幕、史上初の交流戦、千葉ロッテの快進撃、史上稀に見る巨人の低迷、センバツ高校野球、WBC(ワールド・ベースボール・クラシック=野球のワールドカップ)開催決定、2012年ロンドンオリンピックからの野球競技削除、ドラフト改革(改悪といったほうがいいか?)、四国アイランドリーグ(日本初の独立リーグ)開幕、NOMOクラブが都市対抗初出場、ゴールデンゴールズ(萩本欽一がオーナーのクラブチーム)の健闘などなど、このブログで取り上げたいネタが山ほどありました。

そうこうしているうちに、もう全国高校野球選手権大会の季節になってしまいました。やはり、元高校球児(といっても都立の弱小高校だけどね)としては、高校野球を取り上げないわけにはいかないので、この話題でいきましょ!

今年も全国の激戦を勝ち抜いて49校が、聖地・甲子園に参集した。各地での予選でも、様々なドラマがあった。本命と言われていた高校が次々と予選で敗退していったニュースを見るたびに、野球というスポーツが紡ぎだすドラマに万感の思いを抱かずにはいられなかった。特に今年は、稀に見る高校生ドラフト候補生の豊作年と言われていただけに、それらの選手が最後の夏に、聖地の土を踏まずに去っていった現実が、ドラマ性を一層際立たせた。
大分・柳ケ浦の山口俊投手は、ヒジ痛が限界に達し、延長のマウンドを二番手に譲って最後の夏が終わった。兵庫ビッグ3と言われた、社・大前佑輔、報徳学園・片山博視、育英・若竹竜士の三投手は、お互いそれぞれと対戦する前に散った。ナニワの四天王のうち、近大付・鶴直人投手はヒジ痛からくる大会前の調整不足が響き、本来の力を出し切れぬまま静かにマウンドを去った。浪花のゴジラ、履正社・岡田貴弘外野手は準決勝で、四天王の平田良介外野手・辻内崇伸投手を擁す大阪桐蔭の前に華々しく散った。その他、市和歌山商・川端慎吾遊撃手、常総学院・勝田憲司外野手、水戸短大付・春田剛外野手、平安・炭谷銀仁朗捕手、福岡第一・陽仲壽遊撃手らも早々に姿を消した。

このように、プロ注目の選手がいるチームが予選で敗退していく姿を見るたびに、高校野球の難しさ、厳しさを実感する。ひとりの超高校級の選手がいるが故に生じたほころび、あるいはジレンマ。スーパーエース、スーパースラッガーがいる故に生じる過度のプレッシャー。それが、最後の夏だからこそ甲子園に出たいという欲求と化学反応を起こして、目に見えないとてつもなく大きな焦燥感、緊張感を生み出す。だから、第三者から見たら何でもないプレーが勝敗を分けたりするのだ。

だからこそ、その重圧の中を甲子園にまで勝ち上がってきた49校には、そんな敗退していった全選手の思いも背負って夢舞台で思いっきりプレーしてほしいと願う。
最後に、大会直前に不祥事で出場を辞退した明徳義塾の選手諸君。厳しい予選を勝ち抜いて得た代表の座を、甲子園でプレーすることなく去らなければならなかったことには同情する。しかし、全国有数の名門野球部の一員であることを忘れ、ひと時の快楽に溺れた罪は想像以上に重いということなのだ。明徳野球部は、今回の不祥事でかなり大きな重荷を背負った。それは並大抵の努力で振り払えるものではないだろう。ただでさえ、明徳義塾は地元から疎んじられていると聞く。古くは、松井秀喜(星稜)の5打席連続敬遠事件があった。現在では、野球留学生が大半を占めることが不評を買っているらしい。だがそれでも、自らの強い信念のもと、全国有数の強豪校になり、2002年には全国制覇も果たした。また、不祥事で辞退したとはいえ、今年まで戦後初の8年連続出場を果たしている。
選手が起こした不祥事の汚名は、選手自身が雪ぐしかない。馬淵監督は引責辞任したが、明徳イズムはこれからも脈々と生き続けるはずだ。勝利に徹し、己の信念を貫き通す明徳イズム。この夏から、新監督のもと、新チームで再スタートするが、今秋の大会には参加できないらしい。ということは来春のセンバツ出場は絶望的だ。新チームにとって、来夏が甲子園出場の、いや汚名返上のラストチャンスになる。来夏、明徳がどのようなチームになって甲子園に帰ってくるか、それとも汚名返上のチャンスを果たせぬまま高知大会で姿を消すのか、期待して待ちたいと思う。

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8月3日 山野車輪さん 

『嫌韓流』(晋遊社刊)というマンガが、バクハツ的に売れている。嫌韓をテーマにしたマンガで、発売前からアマゾンの予約でトップにランクされていた。
 作者の山野車輪さんと会う。
 この本が出る前に西村幸裕さんが、「こんなマンガ、お宅で出せませんか」と紹介してくれたのだが、決断が一瞬、遅れ、晋遊社に決まってしまった。
 力技で巻き返そうと思ったのだが、晋遊社の若い編集者も会ってみるとあまりに熱心だったので、その熱意に負けてしまった。齢のせいかと反省する。
 山野さんは眉目秀麗という表現がぴたりのマジメな好青年。車輪というペンネームは、ハンドルネームがタイヤだったので、それを訳しただけとのこと(いろいろ反撃が予想されるので山野さんについてこれ以上は明かせない)。
 田舎から東京に出てきて、何年間かマンガを描いていたが、結局、さほど売れなかった。で、何かまだマンガになってないテーマはないかと考えた時に、ふと2ちゃんねるで異常に反韓が盛り上がっているのに気付いて、
「これをマンガにしない手はないと思いました。ヒットして父親がいちばん喜んでくれました。親戚に配ったりしてるんですよ」
 早くも「続」に取り掛かっているというが、
「テーマがテーマだから勉強がたいへんで、年内に出来るかどうか」
 マンガ界のことについてあれこれ教えてもらう。

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8月2日 八杉康夫さん 戸高一成さん

 呉の戦艦大和ミュージアムに。
 十分の一の戦艦大和は細部まで実物通りに復元され、さすがに大迫力。資料室も充実している。休みのせいか客が多い。
「開館三ヵ月で来館者五十万人を超え、これは日本の博物館の記録です」
 館長の戸高さんは、九段の「昭和館」産みの親。
「昭和館の資料検索の充実振りはすごいですよ。もっともっと利用してほしいんですが」
 戦中、戦後の資料、道具などを集めた「昭和館」は何度行っても飽きない。一升ビンにコメを入れて精白するなんてことは今の若い人は知らないだろうなぁ。紙巻タバコを自分で巻く機械とか。なつかしいものが並んでいる。当時のニュース映画も連日上映。まだ行ったことのない方はぜひ。
 八杉さんは『WiLL』9月号でも掲載したが、戦艦大和最期の乗組員。十五歳で海軍に入り、現在七十八歳。先日お会いした小野田寛郎さんもそうだったが、齢を全く感じさせない。
 背すじはピンと伸び、たったっと早足で歩くところもそっくり。「大和」に触れんばかりにあれこれ説明してくれる。「大和」を見る目は愛情が溢れていた。
「大和が沈んだ後は、呉にいたんですが、もう石油が不足して「伊勢」も「日向」も動かせない。この向いの島の近くに停泊していました。で、敵の爆撃機にやられてはというんで、漁網をかぶせ、その上に木の枝などをいっぱい乗せて偽装工作をしたんですよ。上空から見たら、島の一部に見えるようにと。
 ところがある日、空から米軍の伝単(ビラ)が落ちてきた。読んでみたら『このところ、枝が枯れてるようだから、代えたほうがいいのでは』って。米軍は全部お見通しだったんです」
 十一月には八杉さんの自伝『戦艦大和最期の乗務員の遺言』を刊行予定。

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