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2005-04-28

飽きてきたCG映画

 キアヌ・リーブス主演『コンスタンティン
 (http://constantine.warnerbros.jp/
  
 物語は、かつて2分間だけ自殺に成功したことで、天国行きを閉ざされたジョン・コンスタンティン(キアヌ・リーブス)。天国に行くために自らの特殊な能力を生かして、悪魔払いのエクソシストとなり悪魔たちを地獄に追い返す日々を送っている。ある日、いつものように悪魔払いをするが……、というもの。天国と地獄と人間界、というキリスト教の考えに基づいた映画です。
 『WiLL』で映画評論家の吉田真由美さんが取り上げています。なので評はそちらを読んでください。私の何十倍的確な評です。

 予告を見る限り、『マトリックス』と何が違うのかイマイチわかりにくいことで有名(?)な『コンスタンティン』。キアヌ・リーブスはしばらくの間は『マトリックス』が呪縛になる気がします。ヒットするのはもちろんいい事ですけど、ヒットすることによってその映画のイメージが定着してしまうのは俳優にとっていろいろ大変です。

 それにしても、もうSFXを駆使したCGたっぷりの映画にはビックリしなくなりました。『ジュラシックパーク』を初めて見た時はかなりの驚きがありましたが、月日は流れ、「ないものがある」風景を作り出すことにたいして、観客は慣れてしまったのです。どんなに細かく、リアルに、また有り得ない風景を描いても「へー凄いねぇ」で終わってしまう。CGなどコンピュータに頼った映画もいいですが、そろそろ肉体を、人間を使った面白い映画を作らないと映画界、というよりハリウッド映画の先はないと思います。

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2005-04-25

原稿用紙の話。

 土日は立体駐車場からいちいちクルマを出し入れするのが面倒なので、マンション入り口の近くに愛車を駐車しておくのですが、「春の交通安全週間」ということをうっかり忘れた先々週末、見事に駐禁キップを切られてしまったホザキです。面倒くさがっちゃいけませんね。とほほ。

 さて、出版という世界に足を踏み入れてから気づいたことのひとつに、いまだに原稿というものは原稿用紙に手書きで書かれることがあるんだ、というのがあります。んなもん、当たり前じゃねえかと叱られそうですが、自分自身の原稿は、いつも電子情報(テキスト)で作成送信しているから、じっさいに他人の生原稿を眺めると感慨深いわけです。いや、決して厭味でもなんでもなく。

 あるとき嵐山光三郎さん『東京旅行記』(知恵の森文庫)を手にしました。この本は、銀座や浅草、新宿、日本橋、など、「旅たらし」を自称する著者が、東京の町と人をさ迷い歩き、酩酊する散策本です。
 そのなかの「神楽坂」の章で、原稿用紙について触れているくだりがあります。
 ご存知かもしれませんが、神楽坂には、山田紙店と相馬屋文具店という二大文房具屋がある。そして、それぞれお手製の原稿用紙があって、ご贔屓さんがついているそうなのです。
 山田紙店の原稿用紙は、吉行淳之介さんが使っていたそうで。嵐山さんもここのを愛用しているとか(その理由が笑うけれど)。対する相馬屋の原稿用紙は野坂昭如さんがご贔屓のようですが、古くは漱石も使っていたとか。因みに相馬屋は創業300年。山田紙店は創業100年。

 相馬屋は、以前ぼくがライターをしていたとき、お世話になっていた編プロ事務所の真向かいにありました。この『東京旅行記』が出た頃には、ぼくはすでに神楽坂に通うこともなくなっていましたが、この記述を見て(なぜか)急いでそれぞれの原稿用紙を買いに行きました。買ったのは、ペラ(200字原稿用紙)と400字原稿用紙。ペラは後輩の龍さんにもおすそ分けした。使いごこちはどう?

 どちらが好いかというのはもちろん好みの問題なのでここではいちいち言いませんが、こういうものは「普段使い」をしてはじめて、そのよさが解るんでしょう。こうしてテキストエディタでぱちぱちとキーボードを叩いている身で、軽々に好み云々を言うのはおこがましい気がします。
 でもこういうきちんとした原稿用紙を目の前にすると、いつかそれに書いて書いて書きまくって、入稿してみたい気が起こってきます。「1500枚書きました」なんて、編集者をまえにしてどーんと言ってみたいもんだ。言われた方はとんでもなく迷惑だろうけれど。

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2005-04-21

湯気と煙にまみれて。

 ジム・ジャームッシュ監督作品『コーヒー&シガレッツ』
http://coffee-c.com/

 『ミステリー・トレイン』『デッドマン』のジム・ジャームッシュが18年に渡って撮りためたコーヒーとタバコをテーマにした短編映画集。短い話が11本つまっており、出演するのはケイト・ブランシェット、ビル・マーレイ、スティーブ・ブシェミ、ロベルト・ベニーニなど総勢24名。ジャームッシュ映画が好きな人、またその「系統」が好きな人にはたまらない人選でしょう。
 トム・ウェイツとイギー・ポップが同じ画面に!
 ホワイト・ストライプスが演技を!
 ビル・マーレイとウータン・クランが会話を!
 などなど。人選だけどちょっと興奮してしまう映画です。この人達がコーヒーを飲みながら、煙草を吸いながら、取り留めのない会話をしている、だけの映画です。逆にこの人選にピンと来ない人はまったく楽しむことができないでしょう。ある意味、人を選ぶ映画かもしれません。
 本当にその辺りのカフェで繰り広げられている会話です。カフェに座って横の人の会話にちょっと聞き耳を立てる。そんな映画です。二人の関係や会話の内容を全部知ることはできない。その空気や雰囲気を楽しむ。つまり私たちがカフェで過ごす時間をそのまま映画にした、といえるでしょう。

 『ロッキー』を見た後に前かがみの姿勢で歩いたり、『燃えよドラゴン』の後にちょっと横姿勢になったりするのと同じように、この映画を観た後はコーヒーと煙草が欲しくなりました。煙草を吸う人かどうかは置いておいて。そういう映画というのはいい映画だと思います。映画に限らず、何かしよう、と思わせる作品って力があるのではないでしょうか。映画を見た後は、友人とコーヒーを飲むたびに軽く乾杯します。

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2005-04-20

田原総一朗さん

 やっとタイトルが決まった。編集者は接客業、毎日、多くの人に会う。そんななかで、初めて知ったこと、感動した話などを書いていくつもり。
 
 で、第1回は田原総一朗さん。4月16日。
 
 この日からマスコミ学校が始った。開講式の講師は田原総一朗さん。ジャーナリストにとって大切なのは企画力という話に同感。生徒からの質問も活発で、今後が楽しみ。
 久し振りに会った田原さんは元気そうだった。講義の前にサンドイッチをつまみながら話をする。今、『現代』で戦後史の連載をしているがつくづく思うのは日本の新聞がいかにいい加減な報道を続けてきたかということだという。
「戦後、とくに池田内閣以降、日本の新聞が日本の政治、経済、外交などに関して書いてきたことは全部誤りだったね。ヒドイもんだよ。しかも新聞は一度もその誤りを認めたり、訂正したりしていない」
 新聞が何を、どう報じたかだけに絞って戦後史を見直してみたらおもしろい。
「どうですか」
 と水を向けたが、
「いや、ぼくはもうエネルギーが続かない。誰か若いライターにやらせたらいい」
 誰がいいかという話になって実名をあげてあれこれ話をしたのだが、これは秘密。近いうちに『WiLL』に登場するかもしれない。

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2005-04-04

「名古屋の山」に初登山。

 あらっ、なんでみんな投稿しないのん? と首を傾げる月曜日担当のホザキングです。まあ、その気持は解らんでもないが(意味不明)。
 
 さて、「愛・地球博」という、いまだ慣れずに、その名前を聞くたび赤面してしまう万博で盛り上がる名古屋だが、村上春樹がかつて「魔都」と呼んだように不思議な都市ではある。
 以前出張で、週末をはさんで数日滞在したとき、日曜朝7:00に喫茶店に行列ができていた。別に何かイベントがあるわけでもなく、特に有名な喫茶店でもないようだ。ただ混んでいただけなのである。みなさん、ずいぶん早起きなのね。こちとら徹夜明けで並ぶのは勘弁して欲しかった。
 名古屋の喫茶店文化は、日本全国に誇っていいものだと思う。夕方になっても、モーニングセットがあるくらい、徹底しているんだもの。
 ところで、以下の文章は、数年前、名古屋にいる友人と一緒に、市内で有名なとある喫茶店を訪れたことを文章にしたもの。あるメルマガに投稿したけれど、ボツになったものである。いま読むと、落ちた理由はよく解るが、テクニックとしては今とあまり変わってないなと思う。眼高手低ってやつですね。ああ恥ずかしい。
 
      *
 
 名古屋近郊に住む友人と、「名古屋の山」に登ってきた。初登山である。地下鉄舞鶴線いりなか駅で下車、15分ほど歩く。名古屋市昭和区、南山大学近くの静かな住宅街のなかに、目指す「山」は忽然とあらわれた。
 「喫茶 マウンテン」、それが「山」の名前だ。30年ほど前に開業したという、高原のペンションを思わせる風貌の喫茶店である。

 この店の、極めて名古屋的と言わざるを得ないようなメニューに、いったいどれだけの者が惹かれ、そして打ち倒されていったことか。
 われわれはまず手始めに「みそチャーハン」を注文してみた。「みそチャーハン」は、少し辛めの至極真っ当なチャーハンだった。その油っぽさと3人前は優にあるヴォリュームをのぞいては。八丁味噌を使っているところが名古屋的といえば名古屋的か。

 つづいて注文したのが、名物甘口スパゲティシリーズのメニューのなかでも、初心者には難易度が高いと言われている「甘口抹茶小倉スパ」である。ゴム長靴をはいた店長らしき人物が運んできたのを見たとき、とっさに下山しようかと思った。看板に偽りなしの抹茶色した極太麺が、大皿からもうもうと湯気を立てて迫っていた。麺の太さは2.2mm、その重量は800gとか。麺の頂上には白雪のごときホイップクリームが、鎮座ましました小倉餡、缶詰のみかんとチェリーを囲む。
 おそるおそる一口食べたその瞬間、激甘テイストが襲ってくる。その圧倒的な暴力に、早くもわれわれの味蕾はなぎ倒される寸前だった。名古屋生粋の人間でさえ、くらくらしているのだ、いわんや千葉県人をや。クリームや餡だけでなく麺自体も甘い。そこに熱で溶けはじめたクリームがねちっこく絡みつく。唯一の救いと見られていた蜜柑の酸味も、食べればスパの甘さをさらに引き立たせるだけだった。

 30分後、われわれの初「登頂(完食のこと)」はようやく終わりを告げた。コーヒーを飲みながら、明日のトイレのことは考えないことにしようとふと思った。

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