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2005-03-28

同時代であること。

 先週金曜日の3/25、編集部のアベケンより、本ブログ突然復活の檄が飛んだ。何だよ、順番からしていきなりおれのコーナーからのアップじゃん、とうろたえることしきりの、月曜日担当のホザキングです。
 
 さて、少し古い話題で恐縮。今年2/17(木)、雑誌校了も押し詰まってどうにもならなくなっていた合間を、それでもわずかに縫って、「安吾忌」に出かけてきた。
 2/17は作家・坂口安吾の命日。それにあたって、毎年偲ぶ会が東京と新潟とで催されている。去年は野暮用で欠席したので、何とか今年は顔だけでも出したいと思っていたのだ。

 安吾は1955年(昭和30)に逝去。享年48。今年で没後50年である。もう安吾自身が生きていた時間よりも長い年月が経ったことになるけれど、まだ人気も知名度も健在で、文庫だってわりと簡単に手に入れることができる。息はしていないけど、息の長い作家だ。
 パーティでは、安吾ゆかりの人たちがつぎつぎとスピーチを披露。ちくま文庫版全集で解題等を担当した関井光男さんも一席やっていた。なんと10年ぶりの出席だというから、ちょっとびっくり。
 安吾との関わりを縷々述べていったスピーチの後半、関井さんは「私は安吾に育てられたんです」と口にしたとたん、みずから感極まって声を詰まらせておられた。その無垢な姿に、こちらまでもらい泣きをしそうになった。作家との出会いという体験が成せる、幸福な風景のひとつだろう。
 
 その数日後、今度は「ロバート・キャパ写真展 CAPA IN COLOR」を見に、日本橋三越へ。最終日近くということもあってか、けっこうな混雑ぶり。キャパの写真はモノクロが有名なのだが、じつはカラー写真も多く存在しているとのこと。そのなかから、第二次大戦の未発表カラー写真を中心に展示したのが今回である。
 大戦の写真以外にも、ヘミングウェイや、来日したときの風景、死の直前に撮られたインドシナなどを見ることができた。『太平洋護送船団1941』など、抜けるような青空と海の青さが印象的だ。日本では、京都の家並や、昭和天皇を撮影していて、それらの写真も飾られていた。

 インドシナの写真では、地雷を踏み爆死する直前の写真もあった。コンタックスのカメラで撮った最後の写真だといわれている。空の青さと田園の緑のコントラストが鮮やかな一枚。爆死後のキャパの左手には、そのコンタックスがしっかり握られていたという。因みに、モノクロフィルム入りのニコンは、爆風で飛ばされていたらしい。
  
 安吾とキャパ、それぞれふたつの催し物に出かけるまえに、村上春樹の新作短編「偶然の旅人」を『新潮』3月号で読んだ。「東京奇譚集1」という通しタイトルの連作短篇である。
 冒頭で、村上自身が「前口上」を述べている。つまり、自分の身に起こった「不思議な出来事」を持ち出しても、まともに扱われたことは殆どない。そう言って、自身に起きた「不思議な出来事」をふたつ披露したのちに、「知人が個人的に語ってくれた物語」として、以下の話を語り出す。
 第一回目の「偶然の旅人」は、ゲイのピアノ調律師の身に起こった「偶然に導かれた体験」が書かれている。

 ある朝、ピアノ調律師はカフェでディケンズの『荒涼館』を読んでいる。すると、偶然隣に座っていた見知らぬ女性も『荒涼館』を読んでいたのである。この小品はそこから始まる。決してドラマチックな出来事ではないが、ささやかな偶然がいくつか重なることで、主人公は思いがけない場所へ辿り着く。ラストに控えるのは、「赦し」の感覚だろう。
 決して嫌いな作品ではないけれど、まるでかつての『回転木馬のデッド・ヒート』みたい、と読みながら思った。連作なので、いまは軽々には判断できないけれど、著者の前口上を素直に信じてはいけない。何か仕掛けがあるのだと、ついつい警戒してしまう。それでもファンのひとりとしては、新作を読めるのは、うれしい。

 その後に、安吾とキャパの催し物に出かけたのである。
 そのふたり、もとより共通項などない(と思われる)が、ひとつだけあるとすれば、それは彼らはもうとっくに死んじゃっているということだ。ぼくにとって、彼らは同時代ではない、ということだ。
 彼らの「新作」はもう見ることはないだろう。もちろん、彼らの作品の「発見」は、これからもあるかもしれない。でも、作者が時代とともに変化し成長していくダイナミズムをヴィヴィドには感じられないし、彼らが21世紀初頭という時代を少なからず反映した作品をつくることもない。なおかつ(あたりまえのことだが)、ぼくらはそれをリアルタイムに享受することはできない。
 村上春樹の小説を、ぼくはまだ読み続けることができるという幸福のなかにいる(もちろん、ぼく自身が死ななければの話だが)。次号の『新潮』を楽しみに待つ歓びがある。彼がどういったメッセージを発信し、どういう作風に転じていくのかに立ち会うことができる。そういうプロセスのなかでは、難癖も批評も絶賛も拒絶も、すべては等価値で貴重なことなんではないか。なんて言うと、相対主義者と罵られそうだけれど。

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