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2005-02-24

全てが見えた「亡霊」

main 今回は映画について。
 『オペラ座の怪人』(http://www.opera-movie.jp/)

 映画と演劇の違いとは何でしょう?
 ライブではない、という最大の違い以外にもう一つ、「細部まで見えるかどうか」というのがあります。映画は編集し、演出し、様々な角度、アップや引きなどがあり細部まで観ることができる。しかし、演劇はどうしたって一定の距離、一つの方向でしか見ることができない。これがもう一つの最大の違いでしょう。
 『オペラ座の怪人』、原作は本格推理作家のガストン・ルルーによるものですが、ミュージカル作品としての方が有名。今や名作ミュージカルといえば『キャッツ』と『オペラ座の怪人』。
 その作品を映画化。何故いまなのか? よほどハリウッドも題材に困っているかもしれません。
               ▽
 まず結論を書けば「退屈」でした。
 「金返せ!」と言ったり、不満だったとかではないです。多分映画化すればこうなるんだろうなぁ、という想像通りだった。それで退屈と思うのだから、映画には合わないのかもしれないです。
 そもそもファントムが不気味で、不思議で、魅力のある存在でなければいけない。しかし、劇と違い映画だと細部まで見えてしまい、こちらで想像する部分が減る。そうすると妙に具体的な人間になり、魅力が半減。ファントムの魅力が半減したら物語自体の魅力が半減です。
 例えばクライマックスの一つ「シャンデリア落下シーン」も、ファントムが何か細工しているところを見せるし、映画だから本当に落とす。オペラ座の話だから、観客もいて逃げ惑う姿も映す。演劇ならばどう落とした感じに見せるか試行錯誤するから面白いんです。
 ただ「細部まで豪華」というのは退屈なだけ。
 一つだけ「これは無駄で余計で作品を台無しにしている」と思ったのが、時々出てくる白黒のシーン。この映画は白黒の部分が「今」で「昔の事件」を思い返しているという設定。「昔」はカラー。ラストシーンが「今」で、(ネタバレなのでどんなシーンかは書かない)そのシーンもいらないと思う。恐らく、ミュージカルのラスト(有名なのでこれは書くが、ファントムが消える)で終わるのは演出が弱くなるからでしょう。ミュージカルでは椅子に座りマントを頭から被るファントム……マントを剥がずとそこには誰もいず、ただマスクとバラがあった……というもの。舞台だからこその演出だが、映画にすると弱いかもしれない。悪くない演出とは思うけど、取って付けた感がある。
 なんだかんだとイチャモンをつけたが、よく出来ている作品ではある。前述した通り、映画化するのならこれがかなりの出来となるはずです。それでもこう思うのだから……ということ。
               ◎
 ハリウッドならばお金が使えるし、CG技術も発達。「どんな映像でも作れる」と言っても過言ではなくなってしまった映画。全編CG! と謳って宣伝している映画もある。しかし、それは本当に面白いのでしょうか。何でも作れるから細かいところまで作りこみ見せている作品は、技術としては凄いがエンターテインメント(芸術)としては面白くない。なぜなら、我々が作品を見る時はいろいろ想像するからです。いま目の前に提示されている映像(絵、文字、などすべてのもの)を見てそこに“見えない”なにかを読み取ろうとする。しかし、提示されるものが多すぎると逆に想像しにくい。
  自由で何でもできるからこそ、何をすべきなのか考えなければならない。
 映画はどんな映像でも作れるのなら、どこを見せ、どこを見せないか、が大切ではないでしょうか。

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